みゆねこのブログ

すべての生きにくい人に寄り添うブログ

たとえつまらない人間だとしても。。。(u_u)

f:id:miyunekoclub:20190518082541j:image

こんばんは、みゆさんです(o_o)

先日あるネット検索をしている際にふと見つけた東洋系の無料占いサイトのバナーがあったので、思わずクリックして、怪しい「小倉の母」みたいな名前の占い師による性格判断を受けてみた。さっそくニックネームと生年月日を入力して”診断する”のボタンをクリックして結果を待ち、2秒ほどで結果がでてきたのだが、いきなり、

「あんたはまあつまらない人間だね。面白みに欠ける人だ」みたいなことが書いてあり、「真面目すぎてバカになれない」みたいなことも書いてあって、ショックを受けた。😱

どうやらこの占いは辛口占いと書いてあったので、わざと意地悪なことを書いてセンセーショナルな感じにしているのかもしれないけれど、これはひどいと思った。😰

しかしなぜショックを受けたかというと「まったくそのとおり」だからである。

自分はつまらない、真面目すぎてハメを外せない面白くない人間、ポンコツ系クソマジメ人間である。🤖

遊び上手、社交上手、世渡り上手に楽しく適度にちゃんと生きられる人間とは対極にある、超不器用なクソつまらない人間だと思う。

しかしそれだっていいじゃないか。

自分の真面目さ、つまらなさや不器用さにイヤ気が差しながらも、それと共に生きていくしかない。

死ぬまでもがき苦しみながら生きるしかない。

それが自分という人間であり、そのように生まれてきたのだから受け入れるしかない。

おしゃれな遊び上手、恋上手な人間なんてファンタジーだろ、と思いきや、実際に存在するのだから恐ろしい。💀

そのような人たちは何をやっても成功している。

つまらない人間は、この世の中をつまらないという。

それは現実世界は自分の心の中を投影し映し出した世界だからだ。🌎

人をつまらなくするのは、情熱の欠如だという。

たとえオタク的な趣味であっても、何かにのめり込むことができるなら、その人はつまらなくない。

なんでもいいから、何かにハマって、没頭して、つまらない面白みのない人間から脱却したいと思う。

 

みゆさん(´-`).。oO

 

MBTIへのいざない―ユングの「タイプ論」の日常への応用

MBTIへのいざない―ユングの「タイプ論」の日常への応用

  • 作者: ロジャー・R.ペアマン,サラ・C.アルブリット
  • 出版社/メーカー: JPP
  • 発売日: 2012/01
  • メディア: 単行本
  • クリック: 1回
  • この商品を含むブログを見る
 

 Amazon.co.jpアソシエイト

 

うつ病について( ꒪⌓꒪)

f:id:miyunekoclub:20190517101229j:plain

こんばんは、みゆさんです(・×・)

季節のせいだろうか。はっきりいって毎日抑うつ気分になっている。😰

この5月から6月にかけての時期は1番人々の自律神経が乱れやすく、天候も温度も安定感がないため、心身共に体調不良に陥る人が続出しやすく、悪い時は自殺する人も出てくるという。😱

この時期はうつ病を発症する人が一年の中でも多い時期で、要注意の時期である。

また気候や季節のせいだけではなく、今の日本の社会の仕組み、特に労働環境の悪さがさらにうつ病患者を増やしてしまっているというのは、周知の事実だろう。

ひょっとしたらあなたも、そしてあなたの周りの人も、抑うつ状態になっているかもしれない。💧💦

抑うつ状態というのは本格的なうつ病発症する前の兆候であり、なにかしら対策をしないと、人によっては進行して取り返しのつかないことになるから要注意である。

以下はうつ病についての説明であり心理学教材からの引用である:👆

 

うつ病

気分障害

気分障害にはうつ病躁うつ病がある。総人口中の発現頻度は、前者が5%超、後者が約1%。男女比は、前者が1対2、後者は差なし。初発年齢は前者が20代後半から30代、後者が10代後半から20代前半と両者は臨床的に区別されている。中年期は、抑うつ気分(悲哀感など)抑制、不安・焦燥感(焦り・イライラなど)と言う典型的なうつ病の症状が揃いやすく、また社会的責任の重さ、家族や健康についての不安など、様々な状況因子が重なってうつ病が発症しやすい時期と言える。

うつ病の症状

うつ病の際には、重症度にかかわらず、すべてに共通に、抑うつ気分、興味と喜びの喪失、活力の減退による疲労感の増大や、活動性の減少が見られる。それとともに次の一般的な症状を伴う。

①集中力と注意力の減退

②自己評価と自信の低下

③罪悪感と無価値感

④将来に対する希望のない悲観的な見方

自傷あるいは自殺念慮や自殺企図

睡眠障害(不眠または睡眠過多)

⑦食欲の減退または増加

なお、重症うつ病には、罪業・貧困・切迫した災難・引き受けた責任に関する妄想が出現したり、また中傷や非難の声が聞こえたり(幻聴という)、腐った汚物や腐敗した肉の匂い(幻臭という)がしたりすることもある。

うつ病と自殺

うつ病と自殺の関連はきわめて密接である。自殺の半分前後はうつ病によるものとされている。うつ病患者の6人に1人は最終的に自殺すると言う報告がある。自殺の危険度が高い症状としては、激しい不安や焦燥感、頑固な不眠、過度で制御不能な攻撃性、再発の繰り返し・長期化、強い絶望感、妄想(心気・罪業・貧困)、身体症状への過度のこだわり、うつ病の初期・回復期や躁・うつ気分の混合状態、認知症やせん妄の合併、アルコール症の合併などがあげられる。

うつ病の治療

うつ病の治療の基本は、薬物療法(抗うつ薬、情動安定薬、抗不安薬抗精神病薬睡眠薬など)と、サイコセラピー(認知行動療法、カウンセリングなど)である。その他に、心理教育、家族療法、電撃療法、高照度光療法、断眠療法、芸術療法、音楽療法自律訓練法、リラクセーション、催眠療法など、様々な治療法が活用されている。

放送大学教材参照)

うつ病は心の病気と言われているけれど、じつは脳の病気であり、脳の必要なエネルギーが枯渇してしまった状態で発症するという。

そしてうつ病の最大のトリガーはやはりストレスであり、イヤなできごとについて考えすぎたり、不安や悩みを抱え込みすぎると、心身が緊張状態になり続けるからストレスホルモンを増大させる。

じつは自分自身も今は少しヤバいと思っているから、なるべく太陽の陽射しを浴びようとか、体を動かすために歩こうとか、睡眠をちゃんととろうとかしている。

お日様の陽射しを浴びる、運動、睡眠、これらは抑うつ状態の改善には欠かせないものである。🚶‍♀️🌞🛌

抑うつ状態の人は、幸せホルモンと呼ばれるセロトニンや、活動ホルモンと呼ばれるドーパミンが脳内から出にくい状態になっているから、運動や太陽光を浴びることでこれらの放出を助けることが出来るのである。

人には生まれつきの体質というのがあって、元々活動ホルモンが枯渇しやすい人というのもいて、定期的に抑うつ状態になりやすい人もいると思う。

自分のようにまだ投薬しないまでも、なんとか自力で食い止められている人もいれば、やっぱり薬の助けが必要だという人もいるだろう。💊

とにかく本格的なうつ病を発症してしまい、それが重病化することは怖ろしいことなので、なんかしら兆候があり、自分ではどうすることもできないと思ったら、絶対に病院に行ってほしい。

そして仕事がその原因だとするなら、仕事などもう行かなくていいから、自分自身の方を第一に考えて優先させてほしいと思う。

 

みゆさん(。>ω<)ノ

 

「死ぬくらいなら会社辞めれば」ができない理由(ワケ)
 

 Amazon.co.jpアソシエイト

 

快適か不快かですべてを決めるo(・ω・。)

f:id:miyunekoclub:20190516093459j:plain

こんばんは、みゆさんです( * ›ω‹ )

あなたはふだんの生活を快適に過ごせているだろうか?

あなたが寝ているベッドや布団や枕。🛌

あなたが座っているソファや椅子や机の位置や高さ。🛋

ふだん仕事やプライベートで使用しているパソコンやスマホの使い勝手。💻📱

履いている部屋履きや、外で履く靴やスニーカーやサンダル。👞👟👡

身につけている服の大きさや着心地。👕👔

持ち歩いているカバンやスーツケース。👜🎒

部屋のエアコンや空気清浄機やテレビや掃除機や洗濯機や冷蔵庫や炊飯器や電子レンジなどの家電。📺

運転している車や自転車。🚗🚲

これらのものがすべて自分にとって使い勝手がよくて快適でしょうか?

それとも少しでもなんか使いにくいとか、着心地が悪いとか、大きすぎるとか小さすぎるとか、不快になる点はないだろうか?

もし少しでも不快になる感覚があるとしたら、それは買いかえるか修理するなどして、快適な状態に改善した方がいい。

なぜならほんの少しの不快な感覚があり、それが継続されるとストレスが膨大に貯まっていき、心身共に悪影響を与え出すからである。

私自身も、自分の部屋の机のキャスター椅子が相当ボロくなっており、時折ねじがゆるんでキシキシと音が鳴ったり、座椅子がガクガクと不安定に揺れたりして、そうなる度にそれが気になって、小さなストレスになっている。

また家の中のスリッパも素足で履くと非常に脱げやすく、階段を登る最中に脱げることが多く、その度にイライラとしてしまう。

ストレスやイライラは自律神経を乱す元であり、一度乱れた自律神経を元に戻すのはとても大変なのである。

だから多少お金がもったいないと思っても、中長期的な健康で快適な幸せを考えるのなら、その場で買いかえてしまった方がいいのである。

 人は生活のどこかに不快な状況があると、無意識に影響を与え、何かをしようとしてもエネルギーが分散してしまうので、集中出来ずに思うような力が発揮できなくなる。

幸せな生活とは、自分自身の「快・不快」のジャッジに基づいて整えられた生活であり、他人の評価とか影響からではない。

どんなに世の中でトレンドとなっているモノを買ったとしても、それが自分にとって合わず少しでも不快と感じるのならば、それは手放すべきである。

また普段つかうモノだけではない。住まいそのものでも不便や不快さが多くてストレスが貯まるのならば出て行った方がいい。

賃貸ではなくて持ち家でそんなに簡単には出来ないというのならば、リフォームも視野にいれていいだろう。

また今の仕事に対して不快感を持っている人もいる。

そのような人は思いきって転職するか、それが出来なければ異動を申し出るかした方がいいだろう。

とにかく小さな不快さも積もれば山となり、大きなストレスになり、重大な病気の温床になることも少なくない。

「自分にとってなにが快適か不快か」を指針にして、あらゆる物事を選び取っていくことは、とても直感的であり、幸せに生きていくための最も正しい方法の一つと言えるかもしれない。

 

みゆさん(。-ω-)ノ

 

 Amazon.co.jpアソシエイト

 

もし自分がもうすぐ死ぬとしたら。。(。・ω・)ノ

f:id:miyunekoclub:20190515093528j:plain

こんばんは、みゆさんですc(・ω・`c

あなたはふだんから「死」について考えているだろうか?

できればあまり考えたくないと思う人が多数なんじゃないかと思う。

私たち人間は結局「いつかは必ず死ぬ」存在であり、この世の中で唯一の100%絶対に起こる真理が「生き物は絶対に死ぬ」ということである。

それが絶対的で避けられないことを知っているからこそ、私たちはあえて考えないようにしているのかもしれない。

また反対に、人によっては常日頃から死ぬことを意識しながら生きている人もいる。メンヘラでいつも自殺願望のある人もいるだろう。

私たちは基本的に、いつ病気や事故などによって死を迎えるかは予想することはできない。

もし私たちが何かしらの不治の病にかかり、余命があとわずかだと宣告されたとき、一体どうなるのだろうか?

キューブラー・ロスという精神科医が、私たちがそのような事態になった時の心の状態の過程を論じている。以下は引用である:

 受け身的な形で否が応でも自分の死に直面させられるのは、例えば不治の病を宣告された時であろう。その宣告によって自分の死が近いことを知った人は、自己を失うことをめぐる心の過程を経験する。キューブラーロスは死に瀕した人との臨床の中で、死を予期した人が次のような5段階の心のプロセスをたどることを見出した。

第一段階

死の否認と隔離:死から逃れられない事実を知らされると、衝撃と不安が激しく高まるが、それを否認する。例えば「誤謬」だとか「この病気に効く良い薬がまもなく開発される」という気持ちを抱く。

第二段階

怒り:健康な人への羨望が生まれたり、医療関係者や家族への攻撃的な気持ちがあらわになる。

第三段階

取引:疼痛や激痛、あるいは恐ろしい手術に耐えるといった「よい行い」をすることによって、神様や周囲の人たちから何らかの報酬ご褒美が得られると言う気持ちが生じたり、この願いさえ叶えられればもう死んでもいい、というような運命との取引の心理が生まれる。

第四段階

抑うつ:症状の悪化や身体機能が衰えると大きな喪失感を抱くようになる。特に世界との決別を覚悟しなければならないことに対する抑うつが高まっていく。

第五段階

死の受容:怒りも抑うつも覚えない需要の段階。周囲の対象に執着しなくなり、死を迎える準備が整う。”

突然ある時死ぬのなら、このような死の受容のプロセスを経る必要はないけれど、近い未来に自分が死ぬとわかっているとしたら、このような心理状態になるのは理解できるような気がする。

あの解剖医学博士の養老孟司先生は死について「眠るようなもの」と著書の中でおっしゃっている。

私自身は正直いって、自分が死んだあとのことなんでどうでもいいと思っているし、考えても仕方がないと思っているから、あまり考えない。

ひょっとしたら生きることに対して執着が薄い方な気がする。

今日平和に生きられたらそれでいいかな、と。

ただ身体が痛いとか苦しいとかはやっぱりイヤなので、健康には気をつけて病気にならないようにはしている。

例え明日目が覚めないとしても悔いが残らないように、今日1日を生きられたらいいのだろう。


みゆさん (っ´ω`c)

 

死の壁 (新潮新書)

死の壁 (新潮新書)

 

 Amazon.co.jpアソシエイト

 

身近な人から情報を聞き出すテクニック(u_u)

f:id:miyunekoclub:20190514111846j:image

こんにちは、みゆさんですd( ̄  ̄)

あなたは自分に必要な情報を他人から上手く聞き出すことができる人だろうか?👂🏻

ある人が自分のことをどのように言っているとか、今会社ではどのようなことをやろうとして話し合われているのかとか、私たちが知りたい情報を身近な人から聞き出すテクニックのことである。

私自身は、じつはそれがけっこう得意な方なのだと最近気がついた。👆🏼

私が今パート勤めをしている企業がどうやら隠れブラック企業のようなので、本社から営業や他部署の人が応援に来る度に、社内の状況をいろいろと聞き出している。

ポイントとして、まず話すのは休憩が一緒にかぶった時や、飲み会の席である。学校ならば休み時間がいいだろう。

そして情報を聞き出したい人にまず「最近どうですかあ~?」ときいてみる。

この言葉を人に投げかけると、だいたいの場合「〇〇で忙しい」とか「〇〇でちょっと大変だ」などの答えが返ってくることが多く、「もう元気元気~!」と明るさ満開で答える人はほとんどいないと思う。

そしてその人がなぜ忙しいのか、なぜ大変なのかをより突っ込んできいてみると、大体は仕事や人間関係のことだったりする。

そこからその人の職場の勤務形態とか社内の様子だとか、上司のこととか、いろんな情報を聞き出すことができる。しかしまだ細かい人間関係のこととか、内部で進行している、まだあまり知られていない情報は聞き出すことが出来ない。

最初に大切なのは、その人の話を傾聴してあげて、大変さを聞いてあげる。それプラス楽しい話もしながら互いに笑い合いつつ、相手が自分に心を開いてきたなと思ったら、「そういえば、最近はうちの会社、なんか新しいこととかやってるんですかねえ~」と切り出し、自分が聞き出したい核心に近づいていく。🦠

とにかく相手軸で話を進め、相手の話をよく聞いてあげつつ、こちらも時折その話をまとめながら会話を進めていくと、相手はいつのまにかペラペラといろいろなことを話し出してくれる。

人間には自分の持つ知識や情報を言語化してアウトプットして表現したいという欲求があるからだ。

こちら側がよい聞き手だとわかり、安心できる人柄だとわかれば、その人は何でも話をしたくなるだろう。

よく雑談や会話自体が苦手だという人もいるが、自分がほんとうに入手したい情報があるならば、きっと出来るだろう。🙆‍♀️

相手の近況がどうか聞く。内容を傾聴。話をまとめてあげる。笑いを織り交ぜた雑談を挟む。細かい核心の周辺の情報を聞く。核心へ迫る。

ぜひやってみてほしい。💡

 

みゆさん(・∀・)

 

話すより10倍ラク! 聞く会話術
 

 Amazon.co.jpアソシエイト

 

1人の時間を確保して休息する( •ω•ฅ)

f:id:miyunekoclub:20190513113939j:plain

こんばんは、みゆさんです(。・ω・。)

あなたは他人でも家族でもいつでも常に一緒に接していても大丈夫な人でしょうか?

1人になる時間を確保しなくても、消耗せずに生きていける人でしょうか?

もしあなたがそうならば、あなたは人からエネルギーを得てチャージできる人なのかもしれない。

きっと人の存在自体が癒しであり、人と触れあうことが休息になっている人なのだろうと思う。

私自身は決して人が嫌いなわけではないし、人と関わる仕事をすることも自分には向いているとは思うけれど、ある程度の時間人と接したあと、どっと疲れがでてしまい、その時間が長ければ長いほど、接した人の数が多ければ多いほど、エネルギーをその分消耗してしまうので、ある一定期間ひとりきりになって充分なエネルギーをチャージする必要がある。

それは私が超敏感気質によるエンパス体質だからなのだと思う。

「ぼっちタイム」は人生を元気に生きていくためには必要不可欠な休息時間であり、これがなければ、抑うつ状態が進行していき、他人に対しても攻撃的になりやすくなる。

あえて自分を他者から孤立させる、ぼっち状態に持って行く。自分の殻に閉じこもると言ったらいいだろうか。

これは決して悪いことではない。自分の生命に関わるバッテリーの充電をしているだけなのだから、他人と距離を置いているなどと悪く言われるのはちょっと違うと思う。

もしそのようにしていて、他人からこちらの機嫌が悪そうだと言われたら、ちゃんと正直な理由を言うといいだろう。

とにかく人間に疲れてしまったときは、一人きりになって自分の好きなことをやって、自分を労ってあげることだ。

無理して人に付き合ったり、愛想を振りまく必要などない。そうすることで余計心が疲弊して、ストレスにより、後々その人たちに対してイライラした気持ちや怒りを覚えたり、酷いときは恨んだりして、かえって人間関係を悪くしてしまうこともある。

心が疲れたのなら、自分の殻にこもって充分休んでエネルギーチャージしよう。

 

 みゆさん(=ω=.)

 

敏感な人や内向的な人がラクに生きるヒント

敏感な人や内向的な人がラクに生きるヒント

 

 Amazon.co.jpアソシエイト

親からの心理的自立のむずかしさ_φ(・_・

f:id:miyunekoclub:20190512185425j:image

こんばんは、みゆさんですʕ•ᴥ•ʔ

自分の親から心理的に完全に自立するとは、なんとむずかしいことなのだろう。

年齢がいくつになっても、独身でも結婚していても、自分が子の親になっていようと関係ない。

私たちは親の影響を強く受けながら育ち、良い親であっても悪い親であっても、彼らの影からは簡単に逃れることはできない。😑

親と同居しており、物理的な距離が近過ぎると、ますます親の心理的圧力は強くのしかかるから、それに抗おうとすることで近親憎悪を親に対して抱くようになる。👹

これが酷くなると肉親間の殺人にまで発展することがある。🗡🛠

たとえ親と離れて暮らしていても、親の引力はとてつもなく強く、そこに親がいなくても、過去に親にダメだと叱られていたような行為をすることに罪悪感を持ったり、食の好みも親の嗜好にかなり影響されてしまっている。

親と子の関係は、鋼の鎖で繋がれているようなものだと言われているから、そう簡単に切れるようなものじゃない。⛓

たとえ亡くなったとしても、その影響は深層心理に残るのだという。

私自身は数年前までは一人暮らしをずっとしていたけれど、母親の引力が強すぎて、なんやかんやで実家に戻るハメになってしまった。

うちの親子間には共依存があると思う。

母親につきあって一緒にテレビを観たり、ショッピングなどで外出したり、食事に出かけたりして楽しみを共有してあげたり、母親が用意してくれた食べ物は全部食べたりしないと、心の中に罪悪感が芽生える。

いつも心の奥底に「母を受け入れなければ」「母に怒られないようにしなければ」という感情がいつも存在する。

そして何かで母親に叱責されたりすると、今でも気分がものすごくダウンすることがある。

その正体は「見捨てられ不安」なんだと思う。

明らかな共依存関係であり、完全に親離れ子離れができておらず、心理的自立が確立していない。

どこかでいつも母親に嫌われることを恐れている。

このことが私の人生の中で様々な問題を起こしているのだと思う。

きっと人は、親からの完全な自立を一生かけて完成させるものなのかもしれない。

ひとまずは、心理的に親に依存してしまっている自分を認めることから、本格的な自立への道をスタートできるのではないだろうか。

「確かに親は大事であるが、自分は自分であり、親は別の存在のひとりの人間である」

ということを心の底から感じられなければダメだろう。

親に叱られたくないとか、嫌われたくないとか思うのは、親はいつなんどきでも無条件に子供に愛を注ぐのは当然だという期待と渇望が大人になった今でも心に深く刻まれているからだろう。

これこそが依存心であり、自立できていない証拠である。

道のりは遠いけれど、ちゃんと自立して、本当の意味の心の自由を手に入れようと思う。

 

みゆさん(OvO)

 

愛着障害 子ども時代を引きずる人々 (光文社新書)

愛着障害 子ども時代を引きずる人々 (光文社新書)

 

 Amazon.co.jpアソシエイト