みゆさんのブログ

すべての生きにくい人に寄り添うブログ

潜在的な差別とは o(・ω・。)

f:id:miyunekoclub:20190120224658j:plain

こんにちは、みゆさんです (。-ω-)ノ

なんか、武道館が改修に入るからと、今年の24時間テレビはどうなるのかと、ネットの記事に上がっていたけれど、会場がないんだったら別にやらなくてもいいんじゃない?と思ってしまう。💨

子供の頃はなんの違和感もなく、あの24時間テレビの名物である、障がい者の人が何かに挑戦して成功させて、感動をみんなで共有する、という企画を観ていたけれど、近年はなんだか少しおかしいなあと思うようになった。

別に障がい者の人が、普段やるのがむずかしいことに敢えてチャレンジして、それを成し遂げて、自己実現につながったり、自信になって、喜んだりハッピーになったりするのはすばらしいと思う。そしてそれを見ている人が、彼らの頑張りによって元気づけられたり、励まされたりして、自分を刺激を受けるということはとてもいいと思う。

しかし、24時間テレビの違和感というのは、まるで「障がい者の人たちはみんな善良で頑張り屋で天使である」「障がい者の行動は感動をあたえなければならない」というイメージを持たせるような過剰な演出をしているところにある。😔

どうも障がい者の人たちが見世物にされているような印象さえある。

そのような点が、あの番組を「差別的」だと思わせる。

あまり言いたくない言葉だが、「障がい者」の人に対して、身体的にとりあえず何の問題もなく健康な人のことを「健常者」と呼ぶが、同じ人間である以上、両者とも同じくらいの割合で、「頑張り屋さん」の人もいれば、「頑張るのがキライな人」もいるし、「いい人」もいれば、「悪い人」が存在する。

それなのに、あの番組ではまるで、障がい者の人は全員例外なく天使のように純粋で直向きで、人に感動と幸せを与える、悪人なんているはずがない、というような間違ったイメージを描いて、電波に乗せて発信し、一般の人から多額の募金を得て儲けている。

これは明らかに差別なのに、厄介なのが多くの人がこの「潜在的な差別」に気がついていない。

少し前の話になるけれど、あのベストセラー「五体不満足」の著者で有名人の乙武洋匡さんが、「結婚してい以来5人の愛人と不倫をしていた」というスクープがあったのを覚えているだろうか?

このニュースを知った人でショックを受けた人は多かったという。

しかし、私はそれほどショックを受けなかった。

なぜなら、前から乙武さんが女性好きだという話は聞いたことがあったし、自分の身体の障がいをネタにしてよくブラックジョークを連発する、というのも聞いたことがあったし、けっこうダークな部分を持っている人だというのも知っていた。😈

だから世間の人が「乙武さんは不倫をしないマジメな人」というイメージを持っているというのは、どこかで「この人のことを普通の男だと思っていないな」と感じる。

この人がマジメで善良な聖人君子のような人だと勝手なイメージを持つ人は、さきほどの24時間テレビとか、メディアの障がい者に対する印象操作にだまされている人なんだと思う。

そして心のどこかで、「健常者と障がい者は同じ人ではない」と潜在的に差別しているのだと思う。

「障がいのある人は不倫なんてしない」「障がいのある人は真面目に地道に生きるものだ」というのは、完全な偏見であり、同じ人間として考えていない。

ビートたけしさんはこう言っている、「体にハンディがあろうがなかろうが、人間の性格や嗜好ってのはそれとはまったく独立したものなんだよ。障がいを持ってる人だって、そうでない人たちと同じように性欲があるし、不倫することだってあるのも当然だ。だけど”障がい者だからそんなことはしないだろう”と決めつけてる人が多い」と。

ちなみにたけしさんは、ホーキング青山さんという「身体障がい者お笑いタレント」さんと一緒に本を出したり、お笑いを一緒にやったりしているそうだが、ほんとうにタブーが一切なくて、障がいのネタをバンバン入れた面白いネタをやっているそうだ。

もうひとつ潜在的な差別を感じるのは、テレビのバラエティ番組に出てくるLGBTの人たち、つまり一般的に「オネエ」と言われている人たちのイメージの付け方だ。

彼ら、彼女らは、ゲイの方が多いと思うけれど、時々過剰にオネエっぽいと思ってしまうことがある。

みんな総じてユーモアのセンスがあってトークが面白いし、気の利いたコメントもバンバン言えたりする。そして過剰に彼ら、彼女らは「男が好き」「男に飢えている」「男が欲しい」感を出したり、過剰に女っぽくなよなよとした話し方やしぐさを見せたりする。

もちろんそのように演出した方が面白いし、視聴者も楽しいと思うだろう。

しかし、実際社会ではゲイの人や女装の人たち、ニューハーフの人たちはそんなに面白いことも言わないし、振る舞いも言動も、私たちと同じで「普通」の人が圧倒的に多い。

つまりテレビで見る「オネエ」の人たちは仕事用に大げさに演技しているということである。

私がパートをしている店には、ほんとうに色んなLGBTの人たちが来店する。

日本人だけではない。海外からも多くのゲイのカップルやレズビアンカップルの人たちも買いに来る。

正直言って、テレビで見るような「オネエ」みたいな人は今までいなかったと思う。

もちろん、見た目はマッチョでカッコイイ男性でも、なんとなくしぐさが女性っぽいかな?少しなよっとしてるかな?という人も来るけれど、いかにもオネエ言葉でテンションが高く「いやあだあ~もおおお~~♬」みたいな感じの話し方をする人は今まで一度も会ったことがない。

そんなメディアの影響か、私たちはLGBTの人たちをどこかで「特別な存在」として見ているのかもしれない。

LGBTの人たち=オネエ、テンションがいつも高くて、面白いことを言って、毒舌で、楽しませてくれる存在、とみんな思い込んでしまっている。

だから、時々「オネエの友達がほしい」とかいう女が出てくる。

しかし、本当のLGBTの人たちはひっそりと生活している人たちが多い。

私の住んでいる周辺にもそういった人たちが何人かいる。

最寄りの駅近くの美容院のお兄さんは男性の格好なんだけれど、常に金髪でオシャレな帽子をかぶり、フルメイクをしており、赤い口紅をいつもつけていて、ピアスとネックレスもしている。しぐさも言葉遣いも女性的でやさしいけれど、物静かだし面白いことを言ったりするわけではない。

市内のショッピングモールの駄菓子屋さんで働いている人も、男性なんだけれど、髪型はボブであり、薄くファンデーションと口紅をしている。中性の方だと明らかに分るけれど、とても静かで特別な個性があるというわけではく、普通にまじめに働いていらっしゃる人だという印象だ。

もう1人は60代くらいの男性で、昔から知っている地域の人で、若い頃から女装家であり、頭からつま先まですべて女性のモノを身につけているが、結婚して1人子供がおり、サバサバとした飾りっ気のない男っぽい奥さんがお父さんで、この男性が逆にお母さんになって暮らしているという感じだ。

この人と一度も話したことはないけれど、格好以外はまったく普通の人といっても差し支えない。むしろ自閉症の息子さんのお世話もしているので、しっかりとした落ち着いた生活を送られているという印象がある。

ここでまとめると、私たちは多数派のことを「正常」だと思い、少数派を「異常」だと無意識に思い込んでしまう傾向があるということだ。だからこそテレビなどのメディアでは障がい者の人やLGBTの人を、勝手なイメージをつけて見世物にしても平気なのである。

私たち人間は悲しいことにどうしても何でも区別したがるし、差別したがる生き物だ。😰

それも意識しないで無意識にやってしまうから注意が必要だ。

同じ人間同士なら、人種や国籍、性別、年齢、障がいがあってもなくても、心の部分はまったく同じであるから、善い人・悪い人も同じくらいの割合でいるのが当然であると考えなければならない。

とにかく差別しないということは「同じ」であると思うことである。

ポジティブな面もネガティブな面も両方に対してだ。

 

みゆさん (◜௰◝)

 

テレビじゃ言えない (小学館新書)

テレビじゃ言えない (小学館新書)

 

 Amazon.co.jpアソシエイト

一流の人はどこでも座ろうとしないらしい |д・´)

f:id:miyunekoclub:20190119224449j:plain

こんにちは、みゆさんです (*´д`)o

電車やバスに乗ったとき、空いた席を見つけたら、すぐさま座ろうとしますか?

じぶんの場合、ここ数年はあまり座ろうとしなくなったけれど、以前は仕事で疲れることを懸念して、出来る限り座ろうとしていた。

しかし、一流の人、つまり世の中で成功している人のことなのだけれど、彼らは空いている席があっても座ろうとはしないそうだ。😯

誰も座っていない席があるのなら、別に座ったってよさそうなものだし、座ることが決して悪いことでもないし、恥ずかしいことでもないはずだ。

とても不思議だが、彼らはなぜ座ろうとしないのか?

それは一流の人は姿勢がよいので、立っていても疲れないからなのだという。🚶🏼‍♂️

また乗り物だけではなく、パーティーなどの場所でも、あまり座らずに常に動き回って、いろいろな人がその人に会いに来られるようにしているという。

一方、二流の人、いわゆるプチ成功者、プチ富裕層、意識高い系、一般ピーボー、などは、とにかくどこでも席を探して座ろうとする。

それは彼らが立ち続けているのがしんどいからである。

姿勢もよくないし、常に周りの人を気遣って動き回ることもあまりしないし、ヒマだから座ろうとするのである。

二流の人には会いに来る人もいないし、自分から会いに行こうとも思わないから、パーティーなどでも飲み会でも、ただ座ってモグモグと飲み食いしているだけなのだという。🍗🥂

また電車やバスの話にもどるけれど、一流の人は立っているだけではなく、つり革にもつかまらないという。

もちろん100%ずっと常につり革に触れないというわけではない。

ただつり革に「手を添える」ことはあっても、それを「持たない」で「つり革を持ち上げて持つ」そうである。

つまりどういうことかというと、一流の人は自分の両足でしっかりと踏みしめて立っているから、バランスがそれだけよくとれているということである。

反対に二流の人というのは、電車が揺れるたびに、オットットとバランスを崩して自分の体も揺れてしまう。それはつり革を「持って」しまっているからである。

つり革を持っている人、角にもたれかかっている人、は自分の足で立たなくなるから、その時点で姿勢が崩れているのだという。

この振る舞いの違いで言えるのは、一流の人は「自立」していて、二流の人は「依存」していることの現れだということだ。

本来人間は、自分の体を自分で支えることが出来るはずである。

それなのに、椅子やつり革を頼りにするということは、自分が自分を支えられない、つまり「依存」しているということなのだそうだ。

いつでも立っていて、どんなモノにも頼らず、自分の体のバランスをキープできる人は、「自立」しているということであり、そういうところが「一流」ということなのだろう。

また興味深いのが、一流の人は「カバンを重そうに持たない」そうだ。💼

カバンを軽やかに持って颯爽と歩くものだから、彼らのカバンはきっと軽くて重たくないのだろうと思う。

しかし実際はすごく重いことが多いのだという。😮

じつは彼らは、重いカバンを腕だけではなく、体全体で持っているのだそうだ。

体全体の筋肉でカバンを支えて持つことで、軽く、そして浮いているようにさえ見えるのだという。💪🏼

一方、二流の人は重そうなカバンは重くみえてしまう。なぜなら腕だけで運んでいるからである。

これだけ聴くと、一流の人たちというのは「体幹がしっかりしている」のではないかと思う。

なんでも成功者たちというのは、頭だけではなく身体もちゃんと鍛えられているのだなあと感じる。

”文武両道”という言葉があるとおり、頭も体も両方鍛えてこそ、様々なことが上手に出来るようになるんだなあ、と改めて納得する。

一流の人があまり座らない、ということを知って以来、私はまったくの三流の人間だけれども、電車やバスではあまり座らないようにしている。

よっぽど体が疲れていたり、体調がすぐれなかったりするときは、さすがに空いている席に座ることはあるけれど、それ以外は出来るだけ立つようにしている。

そうしてみると、立っているのって意外と疲れない、ということがわかった。😃

立っているのは実はけっこう快適で、むしろ座っている方が疲れることもあるくらいだ。

普段からあまり運動することを好まない私にとって、乗り物の中で立っているのは、貴重なエクササイズの機会になる。

また、立っていると自分の空間をより確保できるような気がして、座っていてとなりの人との距離が狭くて、密着している方がストレスがたまるかもしれない。

つまりまとめるとこういうことだろう。

どこでも座らないで立ち続けても平気な人というのは、体幹がしっかりしていて姿勢がよいからあまり疲れないし、ストレスもたまりにくいから、いつも気分もいいし、頭も冴えるし、活力も湧いてくるし、他人といいコミュニケーションが出来るし、そのような状態だといろんなことが成功しやすくなるし、一流といわれる人になれるんだろうなと思う。⭐

どんなに自分が今三流でクズでどうしようもない人間だと思っていたとしても、まずは生活習慣の中のほんの小さな振る舞いや行動を変えるだけで、次はこれを直そう、次はこれを変えよう、と次々と連鎖して、自分を徐々に良い方向に変えていくことが出来るのかもしれない。

一流の人を見習って、まずはどこでもかしこでも、あまり座ろうとしないようにしてみるといいだろう。

 

みゆさん (*´・∀・)

 

 Amazon.co.jpアソシエイト

繊細でも幸せに生きられる (。・ω・)ノ

f:id:miyunekoclub:20190118083721j:plain

こんにちは、みゆさんです ( ˘͈ ᵕ ˘͈ )♡

ここに読みにくる人は割と多いかも知れないけれど、とても敏感な人のことを、現代ではHSP(Highly Sensitive Person)と呼ぶそうだ。

この世の中で「とても敏感」「超敏感」「過敏」「繊細すぎる」といわれる人は、性別や民族を問わずつねに世界中で、社会集団の約20%を占めるといわれていて、つまり5人に1人がこのような人だということである。

けっこう多くいるのである。😯

それなのに、超敏感であることをネガティブに受け止め「自分は特殊で変っているのではないか」「心が病んでいるのかもしれない」「働くことに不向きだ」と考える人が少なくない。

しかしこの超敏感気質をプラスに捉えて、上手く活用して世の中で活躍している人はたくさん存在する。

自分の過敏さをポジティブに捉えて活用することで、ビジネスリーダーになったり、クリエイティブな分野で才能を開花させたり、または目立たなくても幸福な生活を楽しんでいる人もたくさんいる。

つまり私たちは周りの人よりも、それだけ感度が高く生まれついたということなのである。🌟

この超敏感気質の対極にいるのが、人を構成する多数派の「鈍感・無神経」気質の人たちである。

この人たちは総じて大らかな人が多く、こちらの不安になりやすかったり緊張しやすい気質をなかなか理解することができない。😪

理解してもらえないから、敏感な人は居心地が悪くなり、孤立して、自身をなくしてネガティブ思考になってしまう。

ここにチェックリストがあるので、ご自分がHSPなのかどうかを確認してみてはどうだろうか?

30項目のリストがあるので、あまり考え込まずに、直感的に「はい」「いいえ」で答えてみよう。

 

まわりの微妙な変化にすぐ気がつき、空気を鋭敏に読み取る

相手がどういう気分でいるかが、気になって仕方がない

人にどう思われているかがとても気になる

人と話している時、言葉の裏を考えてしまうことが多い

人見知りで新しく出会った人になかなか慣れない

一人でいるのが苦手で、いつも頼りになる人がいてほしい

体を触られるのが苦手

人前で仕事をすると集中できない

お腹が空くと集中できなくなる

間違いを指摘されると傷つき、引きずってしまう

約束をするととても気になり、落ち着かない

カフェインに敏感で、お茶やコーヒーを飲むと眠れなくなる

匂いや味などの好みが強く、苦手な食べ物が多い

何をするにもミスや忘れ物をしないように何度もチェックする

他人に対してとても良心的にふるまう

ちょっとしたことにも、ものすごくびっくりする

大きな音がとても苦手だ

明るい光や交通音、時計の音などが気になって寝付けないことがよくある

動揺するような状況はなるべく避けるようにしている

想像力が豊かで空想にふけることが多い

美術や音楽が大好きで、人一倍深く感動する方だ

勘がいいほうだ

痛みに敏感である

暴力的で残酷なシーンのある映画やテレビは見ないようにしている

短い時間に多くのことをするのが苦手だ

生活に変化があると混乱し、落ち着くまでに時間がかかる

人前で話すのが苦手でプレゼンテーションなどで緊張する

肩こりや頭痛が多い

ストレスで胃が痛くなることがある

子供の頃、親や教師に”内気”、”神経質”と言われていた

 

「はい」が20以上の人は「とても敏感な人」にあたるだろう。

「はい」の数が10~19でも、程度が非常に強ければ「とても敏感な人」にあたるのだという。

すでに前述しているが、とても敏感な人というのは、あらゆる社会集団の20%を占めている。

これが驚くことに人だけではなく、サルやイヌ、ネコでも同じ割合で存在しているのだそうだ。🐵🐶🐱

しかし20%とかなり多数の超敏感人間がいるといっても、残りの80%は鈍感、無神経タイプの人間なわけだから、やっぱり少数派だし、彼らとは相当性格も違うわけだから、自分のことを「異端児」とか「アウェイ」だと思い込んでしまうのも無理はない。

しかし実際、超敏感気質はとても素晴らしい能力があるのである。

いくつか列挙してみると、

人生を深く楽しめる・・・五感が研ぎ澄まされているため、味、香り、音などを楽しむことができるため、四季折々の変化も味わえたり、音楽、絵画といった芸術の理解者になれたり、様々な趣味が持てる

想像力が豊かである・・・直感が鋭く、ひらめきにすぐれており、豊かな創造性を発揮できる。また複数のものごとの同時進行を好まないため、集中してやり遂げる力も強い

リーダーに向く・・・意外に思うかもしれないが、人の気持ちを察知し、空気を読む能力が非常に高いので、組織の絆を強め、意思の一致を引き出すことが出来る。独裁的、強権的にならず、誰からも慕われるリーダーになれる。

堅実な経営ができる・・・良心的なので社員や取引先の信頼を得る。危険なできごとの前触れを予感する能力が高いため、大損をしたり事件に巻き込まれたりする可能性が低く、堅実な経営が可能。

親友に囲まれて幸せに生きられる・・・周囲の人と愛情や喜びを分かち合えるやさしい性質なので、親友と至高の時間を共有できる。多くの人とワイワイ騒ぐのは苦手で、少数の親友と深い友情をはぐくむ。

 

過敏な気質の人はこれほどすばらしいものを持っているのだ。

しかし一方でどうしても過敏気質の人は、ものごとをネガティブに捉えてしまいがちになる。特に自分自身に対してそのように考えてしまうのは残念である。

私たち繊細人間はとにかく意識的に、無理矢理にでもものごとをポジティブに捉えることが重要なのかもしれない。

そうすればもっと幸せになれるだろう。元々ポテンシャルのあるタイプの人たちなのだから。

 

みゆさん ヽ(´∀`。)ノ゚.:。 ゜

 

敏感な人や内向的な人がラクに生きるヒント

敏感な人や内向的な人がラクに生きるヒント

 

 

 

「敏感すぎる自分」を好きになれる本

「敏感すぎる自分」を好きになれる本

 

 Amazon.co.jpアソシエイト

 

自分の時間(体感時間)を増やす方法 (。☌ᴗ☌。)

f:id:miyunekoclub:20190116223645j:plain

こんにちは、みゆさんです ٩꒰。•◡•。꒱۶

この世の中では1日は24時間と決められている。

だから私たちはその人間界のルールに従って時計を見ながら毎日生きている。

しかしながら、本当は時間というのはそのような相対的なものではなく、「体感時間」しかない。

時間というのはあくまでも主観であって、自分自身が感じる長さなのである。

だから人によって1日の長さ、体感時間はそれぞれ違う。

「1日なんてあっという間に終わってしまうわ」という人もいれば、1日の間で普通の人の2倍の時間を生きているような活力のある人もいる。

以前の職場で信じられない人がいたのだが、その人は非常に早いスピードで膨大な量の仕事をこなせたり、1日のうちに複数の仕事を入れたり、いくつもの予定をいれたりするのは当たり前で、ある日その人が「私たちってもうこの会社で6年くらい働いているよねえ」と言ったので、ものすごく驚いた。なぜならばその人と私は仕事のスタート時期が数ヶ月ずれるくらいでほぼ同時期だったのだが、私たちは勤務をスタートしてからまだ丸3年しか経っていなかったからだ。しかし彼女は冗談ではなく本気でそう思い込んでいたのだから信じられない。😱

そう、彼女は超スピーディーに何でもこなす人で、動作も速く、エネルギーもあり余っており、通常の人の2倍の速さで人生を生きている、すなわち体感で1日が48時間ある人なのだと思った。⏱

人それぞれの体感時間はその人の仕事だったり、様々なことをこなす能力にもよると思う。

そこには「脳のタスク処理の速度」というのが関わっているという。

それは普通の人とNASAプログラマーを比べるのがいい例で、NASAプログラマーは普通の人の500倍のスピードでプログラムが出来るというが、それは学歴とか教育とかは関係ない。

彼らは、一般的な人より圧倒的にスピーディーにタスク処理を行う脳の使い方を知っているから、膨大な量の専門知識を吸収することもできるし、普通の人の500倍のスピードでプログラミングすることができるというのだ。

逆に私たち一般の人は、脳のタスク処理の速度があまりにも遅いという。🐢

それだけではなく、脳の稼働速度自体が非常に遅く、それがどれだけ時間のムダづかいをしているのか私たちの多くは気がついていないという。

しかし、そんな私たちでも今よりもずっと脳の処理能力を高めて、体感時間を増やせる練習方法があるらしい。

まずは「クロックサイクル」という、ひとつのタスクに対してどれだけ速く処理できるかを計るものさしがあるのだが、このレベルを上げるトレーニングがある。

とにかく毎日習慣的に行っていることの速度を1秒でも速く行う練習だ。🏃🏻‍♀️

まずは毎日習慣的に行っている行動を書き出し、それぞれにかかる時間を書き出す。✍🏼

それぞれの行動を2倍速で出来るようにする(毎朝20分かけて新聞を読む人は10分で読んでみる)

次はそれらを3倍速でできるように試みる。

それが出来たら今度は6倍速まで上げてみる。

6倍速まで上げるのは少しむずかしいかもしれないが、他にも、日常的に歩くスピードをあげてみるのもやりやすいトレーニングかもしれない。

他に手軽にできるのは、メニュー即決法。🍛

レストランなどのメニューをぱっと一瞬見ただけで、「これだ!」と決める練習だ。🥗

実は私たちはレストランのメニューで食べたいと思うものは、一瞬見ただけで決まっているのに、なぜだか「これにしようかなあ~、これも美味しそうだなあ~」というふうに選択に迷うことを楽しむ傾向があるという。しかし実際は最初に見た瞬間に大体ほしいものは決まっているものである。

これはレストランのメニューだけではなく、ショッピングでも応用できる。

スーパーでも洋服屋でも雑貨屋でも、どこでも即断する習慣をつけるとそれが出来るようになるという。

仕事でもいつも1時間で終わらせている書類作成の作業などがあったら、それを6倍速、つまり10分で終わらせられるように練習してみよう。

初めは時間がとても足りないと思うだろうし、仕上がりも雑なものになるかもしれない。しかし何度かトライすると、脳が勝手に「この書類を10分で作るにはどうしたらいいのか?」と考え、脳細胞を活性化させて、クロックサイクルをあげていくという。

もし今までのプロセスにムダな過程があれば、そのムダを脳が抜き落として、やらないで済むようにしてくれるという。😃

このようなトレーニングを続けていくと、徐々に体感時間が書き換えられ、それまで10分だと思い込んでいた時間が1時間になり、1時間だと思っていた時間は6時間になり、1日144時間になるのだ。🙀

脳のタスク処理のスピードをコントロールするためには、クロックサイクル以外にもあと2つの要因がある。

「並列度」というのは、同時に処理できるタスクの数を指し、並列度が高ければ同時に処理できるタスクが増え、システム全体としてのタスク処理のスピードがあがる。

「グレインサイズ」というのは「抽象度」のことであり、グレインサイズを大きくするということは、1回のアクションで処理出来る情報量が増えること、で抽象度を上げることと同じことである。

これら2つの要因についても、レベルアップさせるトレーニングが存在する。

しかし、とりあえず最初はクロックサイクルを上げて、物ごとを何でもスピーディーに2倍速、3倍速、6倍速でこなせるようにすることを目標にしよう。

私なんぞは幼少の頃からほんとうにおっとりした子供で、悪く取られると、「トロい」「のろま」「ワンテンポ遅れている」などと、周りの人間によく罵られていたものだ。

そんな自分でもスピーディーに何でもこなせて、時間も増やせるようになりたいから、頑張ってやってみようと思っている。

 

みゆさん ٩(๑´0`๑)۶

 

 

 

クロックサイクルの速め方 ~脳が2〜32倍速になる特殊音源トレーニングCD付~

クロックサイクルの速め方 ~脳が2〜32倍速になる特殊音源トレーニングCD付~

 

Amazon.co.jp アソシエイト

 

上手くいった自分だけではなく、失敗した自分もイメージする |д・)

f:id:miyunekoclub:20190114225530j:plain

こんにちは、みゆさんです ( ꒪⌓꒪)

今までここのブログで何度も書いたことがあるけれど、もしなりたい自分像や、こうなりたいという未来を叶えたいと思うならば、頭の中でその情景を在り在りとイメージして臨場感を持って、あたかもそれが今すでに起こっているかのように体験する。

ここまでは以外と誰でもできることだし、特に空想癖、妄想癖のある非リア充さんたちは、ポテンシャルがあるのではないかと思う。

しかし、ほんとうに自分の希望を実現させたいと思ったら、これだけでは不十分なのだという。

まずはなりたい未来の状況をさらに詳細に、2倍にも3倍増しにして臨場感を高める。

例えば、起業して新しい商品をどんどん開発していく人になりたいという夢があるならば、自分が舞台の上でプロジェクターの画像を背に聴衆の前で新商品の発表のプレゼンテーションをしている情景をイメージする。

その時の自分が喋るマイクの音量や響き、舞台の床の感触、靴音、プロジェクション画像の光、聴衆の拍手の嵐、笑顔に包まれる様子、などを、何倍もの臨場感をもって大げさに想像するといいらしい。

そして社長の部屋でリクライニングチェアに座ったときの感触、その時の心地よさを存分に想像する。

しかし、これだけではまだ足りないのである。😮

問題なのは次のステップで、それは上記の同じ手法で「なりたい自分」になりそこねた、つまり失敗した自分をイメージする作業である。

これはまったくむずかしいことではないのだが、イヤがる人はイヤがる。

私も失敗した自分を臨場感を上げてイメージするのなんて、出来ればやりたくない。😰

なぜならば、自分が生まれてから今まで失敗ばかりの人生だったから。

一般的な自己啓発の本とかセミナーなどでは、「成功した自分を強くイメージしなさい」といわれるのは普通である。

でもその逆をやれといわれることはほとんどないし、現にそれをやったら、そのネガティブなイメージが現実化して不幸な結末を引き寄せるのではないかと心配してしまうのは無理もない。

しかしながら、それは間違いなのである。👆

物事にはすべて裏表があるのだから、成功と失敗が起きる確率は半々のはずであり、成功だけではなく失敗することも想定しておかないと、臨場感としては不十分なのだという。

成功が「ある」場合と「ない」場合をワンセットで認識できる視点を持つだけで十分なのである。

その抽象度で改めて、なりたい自分の姿、成功イメージを記述するのである。

成功が「ある」場合と「ない」場合の2つのパターンを認識し、その上で自分の意思で「ある」を選択することで、思い通りの自分になる記述が有効になるのだという。

こんなことをしても私たちが臆病になる必要などまったくない。ただイメージを否定形にすればいいのである。なぜならば、脳というのはバカ正直であり、いくら「ノー」とか「ノット」の否定形をつけて思考しても、肯定形でしか受け止めないという。

例えば、

「かじるとジューシーで甘くておいしい果汁が出てくる、赤い新鮮なリンゴを思い浮かべるな!」🍎

と否定形で言われたとしても、脳は自動的にそれを思い浮かべてしまう。

つまり、したがって、否定形でイメージすることは同時に肯定形をイメージすることでもある。

何のリスクもないのである。

だから、「起業しようとしたけれど、できなかった」、「新商品を開発しようとしたけれど、アイデアが思い浮かばなかった」、「プレゼンテーションをしたけれど、聴衆に受けなかった」「社長になろうとしたけれど、なれなかった」。。。

などと、否定形と肯定形とセットで思い浮かべればいいのである。

成功パターンをやったら次は失敗パターン、というふうに何度か繰り返し行っていると、自然と両方を同時に感じる視点ができあがり、自分が完全にコントロールできるゲシュタルトをつくりだしたことになる。

そこに「なりたい自分」の絵をガツンと描いた瞬間、未来といまとの縁起が結実し、内部表現に記述した「なりたい自分」に向かって、無意識のうちにベストな選択をしながら生きる人生が手に入るという。⭐

じつは常に物ごとを考えるときに「ある」と「ない」を包含する抽象度でみると、自分が本当にやりたいことや好きなこと、気持ちいいことがどんどんわかるようになるらしいのだ。

そして人目や世間体などを気にするあまり自分の本意ではないことをしてしまう、ということがなくなるという。

むずかしい話ではあるけれど、何ごとも世の中の森羅万象は表と裏、正と負、オンとオフ、プラスとマイナス、のように必ず2つの面があるものだから、「世界」を知る、「宇宙」を知る、ということは、それを認識するということなのは当然だと思う。

どんなに自分がこうなりたいと思う未来を否定するイメージをしたって、どうしても肯定する方を選んでしまう。

むしろ失敗した自分になんてなるもんか!って気持ちが湧いてきて、余計頑張りたいと思うような気がする。

少しの怖さはまだ残るけれど、やってみようと思う。

 

みゆさん ( ´・ω・`)

 

ドクター苫米地の新・福音書――禁断の自己改造プログラム

ドクター苫米地の新・福音書――禁断の自己改造プログラム

 

 Amazon.co.jpアソシエイト

メンヘラは呼吸法で元気を出す╭(๑•̀ㅂ•́)و

f:id:miyunekoclub:20190113085823j:plain

こんにちは、みゆさんです (´,,•ω•,,`)

ちょっとしたことですぐに落ち込んだり、鬱っぽくなったりする情緒不安定な人は、基本的に自律神経の働きがあまりよくない。

緊張しやすかったり、あがりやすかったり、震えたり、動悸がしたり、手に汗をかいたりするような人は、交感神経が優位になりすぎている状態であり、抑うつ状態でだるくて動けないとか、無気力症候群に陥ってしまって、布団から出られない、というような人は、副交感神経が優位になりすぎている状態にある。

自律神経のアクセルとブレーキ、交感神経と副交感神経のバランスを同等レベルに上手に取れていると、心身共に健康で快適な生活を送ることができるという。🍀

一般的に、そのような時には「腹式呼吸」がいいとよく言われている。

腹式呼吸」とは鼻から息を吸ってお腹を膨らませ、口からゆっくり息を吐き出す呼吸法である。

これをすると、体をリラックスさせることができる。

しかし、抑うつ状態で何もやる気が起きない、エネルギーが出なくて活力が湧かないような時には、「腹式呼吸」よりもじつは「逆腹式呼吸」の方がいいそうである。

「逆腹式呼吸」とはすなわち「深呼吸」のことである。

私たちのような人は何かイレギュラーなことが起きると、よくパニックになったり、緊張して心臓がバクバクしたりする。😵

そんな時はとりあえず深呼吸をしてみると、気分が少し落ち着いてきて、冷静に状況判断ができた、という経験はないだろうか?

深呼吸をすると「頭の中が真っ白」という状態から抜け出して、自然と自分がどう行動するべきか冷静に考えられるようになるのである。

「逆腹式呼吸」のやり方はとても簡単である。👆🏽

「お腹をへこませながら息を吸い、息を吐き出すときにお腹を膨らませる」という腹式呼吸の逆パターンである。

ポイントは、意識してゆっくりと息を吐き出すことだ。

普段わたしたちは呼吸にあまり意識を向けていない。

しかし呼吸を整えることは、心身をリラックスさせ、それと共に内臓の動きを活発化させるため、活力を湧かせることができるから元気になれる。🔥

また息を全部吐き出すとき、同時に胸の中に溜まっていた黒いマイナスの要素の塊のようなものを全部吐き出すイメージを頭に思い浮かべるといいらしい。

こうやって呼吸を意識的にするだけで、緊張やストレスが緩和されるし、新しいことを考えられるようになり、活動的になることができる。

抑うつ状態になりやすく、すぐに引きこもりになってしまう人は、まずは「逆腹式呼吸」をするといいのかもしれない。

私もときどき考えごとをしていると、過去のイヤなことを思い出したり、抱えている問題のことを思い出したりして、不安やイライラで頭がパンクしそうになることがある。

そのようなときには、一回「フ~~ッ」と大きく息を吐くようにしている。

そうすると、気持ちが一瞬落ち着いて、ストンと空白が出来るような感じがする。

その隙にハッと我に返り、気分を切り替えて、体を動かしたり、別のやるべき作業に取りかかったりして、先ほどまで取り憑かれていた悪い考えから自分を遠ざける。

「逆腹式呼吸」をやるときは、息を吸うときは口からよりも鼻から吸った方がいいかもしれない。なぜなら口からだとばい菌を肺まで吸い込んでしまう怖れがあるからだ。

腹式呼吸」と大きく違うところは、息を吸うときにお腹をへこませ、吐くときにお腹を膨らませることである。

この呼吸法によって、身体のリラックスも出来るし、活動的にもなれる。

少しでも自分のことをメンヘラだと思っている人、そしてその状態から脱出したいと思っている人は、とりあえずやってみたらいいと思う。

 

みゆさん (*´∀`*)ホ

 

ドクター苫米地の新・福音書――禁断の自己改造プログラム

ドクター苫米地の新・福音書――禁断の自己改造プログラム

 

 Amazon.co.jpアソシエイト

引き寄せの法則を信じてみよう (*´・∀・)

f:id:miyunekoclub:20190111092705j:plain

こんにちは、みゆさんです ٩(๑´0`๑)۶

私たちの多くはきっとネガティブシンキングで、物ごとをあまり楽観的に捉える人は少ないのではないだろうか?

それでも、根がほんとうはすごくネガティブな私でも何とかポジティブに、物ごとを良い方に考えられるように、少しでも人生が幸せな方へ傾くように色々工夫してきた。

みなさんは「引き寄せの法則」をご存じだろうか?

この法則をわかりやすくいえば、「好きになったものが自分の周りに集まってくる」ということである。

何かを好きだと感じたり考えたりすれば、それはまるで磁石に引き付けられるように自分にひきよせられる。💐

しかしこの法則には誤解があって、間違って解釈している人が多いという。

その人たちは自分が欲しい「モノ」、例えば家や車や高級品など、自分を幸せにしてくれると思っている物質を引き寄せようとしている。

しかしこれはまったくの間違いである。

引き寄せの法則の基本は、「幸せであることが、望むものを引き寄せる」ということであり、あなたが「いま、幸せだ」と思うことが前提なのである。

 その幸せのエネルギーが強力な振動をつくり、欲しいものを引き寄せていくという。

だから「お金がない」から「お金がほしい」と思っても、絶対にお金は引き寄せられない。

また「つまらない人生」だから「もっと幸せになりたい」と思っても、幸せにはなれないということである。

「愛されていない」から「愛されたい」と思っても、永遠に愛されることはないのである。

欠けているものや足りないことに目を向けていては、自分の望むものは引き寄せることは出来ないという。

どんなに悲しいときや満たされないときであっても、ほんの小さなこと、些細なことでもいいから幸せの種をひたすら探し、どんなに小さな進歩であってもそれを喜ぶことを習慣にすると、ほんとうにすごいことが起きるという。

「わたしって恵まれているなあ」「私って幸せだなあ」と無理矢理にでもいいから思っていると、次から次へと幸せがやってくるのである。🌺

そして人生を大きく変えることができるのである。

引き寄せの法則では、幸せになるのも不幸になるのも自分次第という考え方がある。

幸せは自分が作り出すものだし、どこからともなく自然にやってくるものではない。自発的に感じるものである。

そして自分の人生に責任を持ち、人生のあらゆる出来事に、幸せになれるよう対応することである。

そしてこの法則を上手く活用するために、やってはいけない3つのことがある。

不平を言う、他人のせいにする、自分を恥じる、である。

まず最初の「不平を言う」がなぜいけないのかというと、不満や愚痴を言うということは、自分が被害者意識を持っているということである。

それは不快なことばかりに注意を向けているということであり、そのマイナスのエネルギーを増殖させることになるから、ますます不平を言わなければならないような、厄介な人や問題を逆に引き寄せてしまうことになるからだ。

「他人のせいにする」のは、責任を転嫁することによって、本来自分が持っていた力を他人や状況に譲り渡してしまうことであり、自分の本来の力をないがしろにすることだから、自分自身を幸せにする能力を下げることになるという。

「自分を恥じる」というのは、「すべて出来の悪い自分がいけないのだ」と落ち込んだり、他人からバカにされたと感じたり、自分のしたこと(しなかったこと)に罪悪感を覚えたとき、それは多くのエネルギーを消費し、幸せを奪っていくという。

私たちの周りにいる「あまり幸せでなさそうな人たち」を思い浮かべると、いつも愚痴をこぼしていたり、他人への不満を口にしたり、すんだことをいつまでも後悔していたりするのではないだろうか?😰

そして私たちにもそのような側面があるのではないだろうか。

特に仕事の現場においては、不平を言う、他人のせいにする、というのはかなりあると思う。

私個人は、自分を恥じることは日常茶飯事であり、元来ネガティブで非リアな自分は、その習慣と共に今までずっと生きてきたといっても過言ではないかもしれない。

人の脳というのはそのまま放っておくとどうしてもネガティブになってしまうものだという。

驚きなのが、人は1日に6万個にもおよぶ物事を考えていて、その95%は昨日も一昨日も考えていたことなのだという。

そしてその習慣的な考えのうち、80%がネガティブなことなんだそうだ。つまり1日に4万5千回、後ろ向きなことを考えているということになるから怖ろしい。

しかし毎日幾度となく襲ってくる悪い考えは「真実」だとは限らないという。

そして脳には原始の時代から存在する警報装置のようなものがあり、危険察知をして生存維持させるために、ポジティブな事よりもネガティブなことをより強く記憶に刻み込むように出来ている。

このように脳は自然に放っておくとネガティブバイアスに偏向してしまう性質がある以上、人は意識的に幸せを感じたり、幸せなことを考えたりする、ポジティブ思考をやらなければいけないということである。

ポジティブなことを考えるということはエネルギーが必要であり、意志の力が必要なのである。

しかしこれも身体のエクササイズと一緒で、毎日少しずつでも鍛えていれば習慣化し、苦労しないでも出来るようになるのだと思う。

ネガティブな人がポジティブシンキングになるには時間は掛かると思うけれど、ちょっとずつでも訓練していけば、そうなれると思う。

日常の中に些細な幸せの種をみつけながら生きてみようと思う。

 

みゆさん (。☌ᴗ☌。)

 

 Amazon.co.jpアソシエイト