みゆねこのブログ

すべての生きにくい人に寄り添うブログ

毎日の小さな選択が運命をつくる ◟꒰◍´Д‵◍꒱◞

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こんにちは、みゆさんです (*´∀`*)

私たちは毎日小さな選択をしながら生きている。

何を食べるか、何を買うか、どの道を通るか、どこに行くか、誰に会うか、何をいつ始めるか、いつ辞めるかなど、毎回自分に合う方、自分が好きな方、自分にとっていい方、正しい方を選ぼうとしているはずである。

選ぶ基準は自分の好き嫌いや質、人の評判や見た目、過去の経験や知識などの理由に基づいたものもあれば、「なんとなく」という根拠のない感覚的な判断をすることもある。

そしてこれらの小さな選択の積み重ねが「運命」を創りあげているという。

例えば自分の経験でいうと、昔カナダから留学を終えて帰国した後、どんな仕事をしようか模索していた時に、なんとなく以前に通っていた英会話スクールに立ち寄って、なんとなく受付の人に「あの~英会話講師って今募集していますか?」と訊いてみたところ、少し怪訝そうな顔をしながら「え~ちょっと確認してみます」と裏に引っ込み、その人が戻ってくると「ちょうど今日関東のスクールの募集を新聞の広告を出したそうです」という返事が返ってきて、連絡先まで教えてくれた。😮

そして「やってみようかな?」という半分軽い気持ちで面接を受けに行き、するとちょうど邦人講師の枠に空きのあるスクールがあると言われ、緊急募集をしているということで、急遽研修合宿に行けと言われ、トントン拍子で英会話スクールの講師の仕事につくことになった。

そこからの人生は何度か転職をしながらも、英語を教えるという仕事は本業、副業に関わらず、何かしらの形でずっと続けている。

現在は英語のレッスンをしているわけではないが、現在の販売業のパートの仕事の中でも、他のスタッフの人たちへの接客英語の指導の役割を担っている。

「なんとなく行ってみるか」という、感覚的に小さな行動の選択をした結果であった。

音楽の趣味についても、やはり小さな選択が影響するのではないだろうか?

たまたま「なんだろうこれ?」というYouTubeの動画を開いて聴いてみた音楽がすごく好みで、色々と他の動画も連鎖で聴いていってみたら、いつのまにかそのアーティストの虜になりハマってしまったという経験はないだろうか?

仕事終わりに立ち寄った本屋さんで、なんとなくタイトルが気になり買って読んでみた本によって、人生観が今までとはガラッと変ったという経験はないだろうか?

ファッションについても、小さな選択が人生に影響を及ぼすことがあるかもしれない。

例えば、ある日洋服屋さんで、いつも自分が着ないような明るい色の斬新なタイプのデザインの服を見て、「こういうのはいつもは着ないけれど、流行の色だし買ってみようかな?」と購入してみる。👗👔

そしてその服を実際着て出かけてみたら、友人や職場の人たちに思いの外評判がよく、それ以来明るい色のいつもとは違ったデザインの服を着るようになり、見た目も以前の地味さがなくなり垢抜けた感じになって、性格までより社交的になるということがあるかもしれない。

まさに、ちいさなきっかけ、小さな選択が人生を変える、運命を創るという例だろう。

そう思うと、自分の心の奥底の声を汲み取れる力というのは大切になってくる。

五感をフルに活用して自分の「快」「不快」の感覚を大事にすると、自分にとってよい選択ができるのかもしれない。

 

みゆさん ( ´・ω・`)_

 

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どうしても悪口を言いたくなってしまうとき |д・´)

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こんばんは。みゆさんです |_・)

最近ただ思いついたこと、その日の感情をブログに書いてしまっています。

はっきり言って悪口です。

仕事の際目にするリア充の若者共や、自分がパートで働いている企業のこと。

メンヘラやかまってちゃんの性格の職場のスタッフのこととか、自分もその類の、そっちよりの人間のくせに、いつもは非リアの超繊細気質(HSP)の人たちの味方のくせに、仕事でストレスが貯まってくると人間に対して批判するクセが顔を出してしまう。

ただ正直言ってしまうと、ほんの少しの愚痴やお行儀の良い程度の悪口ならばいいんじゃないかと思う。

何も吐き出さずに愚痴も言えずにストレスばかり溜めて病気になるくらいだったら、誰かを傷つけない程度ならばいいんじゃないかと思う。🤔

ただし、悪口を言っている人に対して本当に悪意をもっていたり、真に恨み辛みをもって愚痴や文句を言うのならば、陰口はやばいかもしれない。

有吉弘行が自身の著書の中で言っていたことだが、「基本的に陰口は言わない方がいい、もし悪口を言いたいのならば本人に直接言うべき」だという。

私はこれを知ってなるほどな、と思った。👆🏽

確かに陰口ってその時は誰にもバレないだろう、平気だろうと安心していても、回り回ってそれが本人の耳に入ることが多々あるからだ。

本人の知らない所で、裏でその人の悪口を言う陰口とは、じつは結構危険なものである。☣

悪口を言いたいのならば、本人に直接言ってしまった方が、例え本人が怒ったとしても、陰口を言われるよりはマシだと思うだろう。

もし自分が逆の立場で、誰かに陰口を叩かれていて、それが時を経て自分の耳に入ってきたら、私はすごく憤ると思うし、「なんで直接言わないんだよ!!」って怒り心頭になると思う。💢

正直気に入らない相手に直接悪口を面と向かって言うのは怖い。

そしてその瞬間はきっとバトルになるだろうし、修羅場になるだろうし、喧々諤々の論争になるだろうし、最悪なパターンでは暴力を振るわれたり、血を見ることもあるかもしれない。⚠

しかし、その後は割とスッキリとして、お互いに仲良くなることだってある。

腹の中にあるものをすべてぶちまけて、オープンに思っていることを言い合うことで、自分たちの中での誤解が解けることもあるだろうし、何かが浄化されてストンと落ちることもあるのかもしれない。

反対に、陰口は誰にもバレないように、数人の間だけの秘密でやれるのは短い間だけで、必ず人づてにそれが伝わるように出来ている、不思議なことに。😨

グループや組織の中で、人間関係のいざこざ、ドロドロが起こるのも、だいたいはこの陰口が発端であることが多い。

私たち人間は意志の弱い生き物だから、欲望に負けて、魔が差し、人の悪口を陰で言ってしまいがちだけれども、誰かに対して本当に腑に落ちないことがあるのなら、気に入らないことがあるのなら、直接本人に言うのが後々のトラブルを考慮するといいのかもしれない。

それがどうしてもイヤならば、はじめから人の悪口は言わないべきなのだろう。

ネガティブなタイプの人間ほどそれはむずかしいことだけれど、ポジティブな人たちは、それはあたりまえのことだ。

だからモヤモヤやイライラがあるときは、ここのブログに書き出していこうと思う。✍🏽

ここならば完全に匿名だから当人たちを傷つけることは、おそらくないだろう。

 

みゆさん ( ꒪⌓꒪)

 

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私たちの周りのメンヘラ、かまってちゃん。身近な人へのカウンセリングo(・ω・。)

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こんにちは、みゆさんです ╭( ・ㅂ・)و

私たちの働いている職場や家庭内に、必ず1人はメンヘラ、かまってちゃんがいると思う。

メンヘラまではいかなくても、情緒不安定でしょっちゅう悩みや不安を抱えており、ひんぱんに相談事を持ちかけてくる人もいるだろう。

自分もどちらかと言うと、人生の長い間メンヘラよりの人間だったし、自己顕示欲、承認欲求の強いかまってちゃんの部分があることも認めている。

しかし色々な本を読み漁り知識を得て、カウンセリングにも通ったりして、何とか自分自身で自分の情動をコントロールする術を学んだ。📕

それでもたまに怒りの感情のコントロールはむずかしいと感じるが、以前よりはずっとましになったと思う。

また通信教育で心理学の勉強をして、学士と認定心理士の資格を得たりもした。

そして現在ではプライベートでも職場でも、人から悩み事の相談に乗ることが多くなった。

今働いている職場には情緒不安定な人が何人かいて、彼らは人間関係において問題を起こすことが多い。

とにかく寂しがり屋で甘ったれで、人に愛されたい願望が強く、自分の話ばかりし、自分がいかにいつも仕事で緊張して手に汗をかく思いをしているか、どれだけ不安でいつもドキドキしているのかを周りにアピールし、自分の思いが満たされない時は泣き、人のご機嫌とりをし、いつも「なんかいいことないかなあ~」「ああ~人生がつまらない」とネガティブなことばかり言い、毎日家で酒を飲み、そのためいつも酒の匂いがし、自傷行為に似たようなことをする(リストカットやODなどはやらない)アラフォー女性。

常に周りの言動を気にしすぎて、「いまこの人がこう言ったのは私への批判なんじゃないか?」とか「自分は蔑ろにされているんじゃないか」など、他人の言動をすべて悪い方へ捉える自意識過剰なアラサー女性。そして喜怒哀楽の感情が激しく、それをコントロールすることが苦手で、とにかくよく泣く。しかし泣いて周りに愚痴をぶちまけて、他人を巻き込む割には、本人はそれによりスッキリしてケロッとしているタイプ。🐸

この人たちのような、メンヘラやかまってちゃんの共通点は、「無条件の愛がほしい」や「被害者意識」だと思う。

そして最大の困った点は、「他人のエネルギーや時間を奪ってしまう」ことである。🔥⏲

悪い言い方をすると、他人を感情の捌け口にする。いわば他人を「感情のゴミ箱」にしているということである。

心が優しくて、いつも他人に親身なってくれる世話好きの人は、メンヘラやかまってちゃんに対しても面倒を見てあげる傾向があるから、彼らに依存されやすく、感情のゴミ箱にされてしまい易い。

すると心の優しい世話好きな人たちは疲弊してしまい、終いにはメンヘラの人たちと距離を置くようになる。

なぜこのようになってしまうかというと、親身になりすぎて「相手の問題」を「自分の問題」かのように捉えてしまうからである。同情心が強すぎるといってもいいだろう。

いくら相手がメンヘラで可哀相であっても、彼らの問題は彼らの問題であり、自分の問題とは切り離して考えなければならない。

手前味噌になるけれど、私は結構人の相談に乗るのは得意な方で、メンヘラやかまってちゃんたちの話を聞くことにも慣れている。

そして彼らの相手をしても、疲弊することもなく、純粋に興味を持って問題解決に取り組むことができる。

もちろん、何度も同じ話をするような人の場合は、適当にあしらってスルーしてしまうこともあるけれど、基本的には上手にコミュニケーションが取れる方だ。

実際、私が彼らの話を聞いてあげたことで、役に立ったと感謝されることも多いし、満足してもらえることも多いので、私自身も非常に嬉しく感じる。

しかし、私自身の性格はとてもドライで、はっきり言って「他人にそれほど興味がない」というのが本音だ。。

だから相手の問題と自分の問題を切り離して物事を考えることができる。

ただ「聞き上手」だとは思っている。👂

他人の相談に乗るときはまず「傾聴」し、相手の話の内容を理解し状況を想像し把握する。

そして相手の話した内容に対して「これこれこうだから、〇〇さんはこう思ったわけだよね?」という風に、話の随所でこちらの言葉で理解した内容をまとめてあげる。

話が終わるまでは相づちを打ちながら「うん、うん」「あ~そうなんだあ~」と共感する姿勢を見せる。

一通り話を聞いた後で、後半で初めて自分の意見を言い始める。私の場合は結構ストレートに思ったことを言ってしまっている。

相手を傷つけまいとあまりオブラートに包みすぎて発言してしまうとちゃんと伝わらない。もちろん暴言はNGだが、ある程度しっかりと多少厳しめでも、正直な自分の気持ちを伝えた方が相手の心に届くことが多いかもしれない。

大切なのは相手の話に「興味を持つ」ことだと思う。

また個人の悩みや不安などの問題は、最終的にはその人自身でしか解決できないものだから、こちらがその問題を解決しようとする必要はないのである。

どんなにメンヘラでかまってちゃんで、弱そうで死にそうに見えたとしても、人間は強いもので、自分の問題は自分でちゃんと解決できるようにできている。

ただ相談を持ちかけた人が「死にたい」と言っているようなら、その人はうつ病を発症している可能性が高いから、病院や専門家を訪ねることを強くすすめるべきであるし、自分が直接そのような機関に連絡をしてあげてもいいだろう。

とにかく「自分の問題」と「相手の問題」を一緒くたにしないで混同せず、普段から切り離して考えることが出来るならば、不安定な人からエネルギーや時間を奪われることはなくなると思う。

 

みゆさん o(・ω・。)

 

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明らかにブラック企業とわかっていても… ( ꒪⌓꒪)

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こんにちは、みゆさんです ( ꒪⌓꒪)

日本社会には沢山のブラック企業と呼ばれる会社が存在する。

そして沢山のそこで働く人たちが苦しめられている。

長時間労働、休日出勤、パワハラなどが横行していて、そんな過酷な環境の中でも逃げ出すことが出来ず、うつ病になったり、最悪のケースになると自殺してしまう人もいる。

しかしこのように、いかにも分かりやすいブラック度合いで、明らかな人権侵害があるならば、証拠を集めて内部告発したり、訴訟を起こしたり出来るのかもしれない。

でも世の中には、このように明確ではない、プチブラック企業なる会社が実際は多いんじゃないかと思っている。

残業もなく、明らかなパワハラもなく、給与も一応ちゃんと毎月もらっているし、賞与だってすごく少ないとしても一応支給されている。

しかしサービス業では年末年始、ゴールデンウィーク、連休は必ず出勤が義務であり、休むことは許されず、休むとクビにされる。有給も病欠や冠婚葬祭以外の理由では取れず、取ったとしても上司たちから吊るし上げをくらうはめになるとか、残業がない代わりに、勤怠を打刻した後にやり残した仕事をするとか、本来休むべき休憩時間を潰して仕事をしなければならないとか、企業が従業員を大切にしないため、休憩室がないとか極端に狭いとか、営業の人の宿泊場所が劣悪な環境であるとか、様々な細かい問題があったりする。

どう考えてもツライ環境なのに、ブラック企業と言い切るのにこれといった決定打がない場合はとてもモヤモヤするし、思い切ったアクションを起こしづらい。

またそのような中途半端なブラックに限って、妙に社長にカリスマ性があり、家族企業のワンマン経営であることが多いから、経営者より下の人間の意見が通りにくく、会社のほぼ全員は社長の奴隷のような存在であり、役職のついた人間ほど洗脳されていることが多い。👁👁

私が今パートで働く企業は、本社が九州にある、某自然食品を生産、加工、販売まですべて自社で行うメーカーなのだが、店舗を全国の主に観光地に展開している会社で、営業の人たちは、営業の仕事以外にも各店舗のヘルプや催事もこなさなければならないため、非常に忙しく、15、16連勤はあたりまえ、ひどい時は26連勤ということもあるそうだ。😱

これを聞くと明らかにブラックだし、充分に辞める事由になると思うのだけれど、なぜかみんな辞めない。

もう完全に中毒状態、ワーカホリックランナーズハイなのである。🏃

何時間も立ちっぱなしで、声を枯らして、休憩もほとんど取らずにひたすら頑張る自分ってエライ、と自己陶酔に陥ってしまうのである。

「諦めずに頑張ることに意味がある」

「自己犠牲と忍耐は美徳である」

そのような精神論を刷り込まれ、身体を酷使しながらも、組織の一員であることが素晴らしいと思い込み、根性論で働いている。

この会社のそのおかしさに気づいた人間はどんどん辞めていく。

そして会社も全店舗は常に人手不足になる。

それでも次から次へと新店舗を開拓しようとする手は緩めない。

メーカーのブランド、コンセプトもよくわからない。

最も常軌を逸しているのが、ある観光地では、よその土地にも関わらず、半径1キロメートル圏内の狭い範囲になんと4店も出店していることである!😳

もちろん同じ企業であっても、店舗同士で客の取り合いになるし、明らかに従業員の数が手薄なのに店ばかり多いから、皆ほんとうにしんどい思いをしている。

これからのAI時代において、人間の労働力、マンパワーに頼りすぎる企業、小売店ばかり沢山持つ企業は、コストが掛かりすぎて不利になるから、真っ先に潰れていくと言われているのに、時代に逆行する発想なのだ。⏳

あまり企業の具体的な話ばかりすると、察してしまう人も出てきてしまうかもしれないので、この辺にしておこうと思うけれど。

とにかく、ガチのブラックだろうが、プチブラックだろうが、そのような会社は遅かれ早かれ自分を蝕んでいくものだから、少しでもなんかおかしいと感じたら、勇気を出して辞める方向に行動したほうがいいでしょう。

そして好きなことを仕事にできるように、しばらくの間バイトをしながらでもいいから、そっちの方に向けて努力した方がいい。

これからの未来はそういう時代なのだ。

年齢は何才でも関係ない。

すべての人は今この瞬間が一番若いのだ。

どんな人でも自由に生きる権利があるのだから、会社の奴隷になってはいけない。

 

みゆさん ( ꒪⌓꒪)

 

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「やりたいことがない」なんてウソである ( ´・ω・`)

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こんにちは、みゆさんです ( ͒ ु•·̫• ू ͒)

「わたしはやりたいことがなく、就きたい仕事、本当にやりたい仕事がない」。

こんな風に思っている人はけっこういるんじゃないでしょうか?👀

「やりたいことがない」「就きたい仕事がない」「なにが好きなのかわからない」。。。

果たしてこれは真実なのでしょうか?

じゃあ、好きなアイドルとか俳優とかアーティストなど誰かいますか?と訊かれて、例えばあなたがジャニーズのアイドルグループが好きだったり、ガッキー(新垣結衣)が好きだとするならば、その人に実際に会いたいと思うんじゃないだろうか?また欲を言えば一緒に仕事をしたい、できるならば付き合いたい、結婚もしたい、とか思うのではないだろうか?🌟

そう、あなたは「やりたいこと」があるのだ。

じゃあその自分の好きな芸能人に会うためにはどうすればいいだろうか?

自分も俳優や女優を目指したり、ミュージシャンになることを目指せばいいのではないだろうか?

もし自分自身が演者になるのがイヤならば、映画監督や演出家、脚本家、放送作家、などの芸能の裏方、又は芸能事務所に勤めてマネージャーの仕事をやるとか、テレビ局で働くとか、舞台の照明の仕事とか、衣装・ヘアメイク係とか、アシスタントディレクターとか、とにかくメディア関係の仕事をすることを目指せばいいのではないだろうか?

こんなことを言うと、「でも私なんてそんなことできっこない」「そんなこと現実的ではない」と多くの人は最初からできないと決めつけてしまう。

自分の可能性にフタをしてしまうのである。

じゃあ話をここまで膨らませなくてもいいとして、別の例をあげると、海外の旅番組を観ていて美しいフランスの田舎風景が映る。それを見て「ああ行ってみたいなあ」「こんなところに住んでみたいなあ」と思う。🌲

だったら現実にそこに行ってみればいい。それは「やりたいこと」なのだから。

しかし人はこう答える。「でもお金も暇もないし、フランス語も出来ないから。。。」と最初から「できっこない」と諦めてしまう。

また英語を流暢に話している人を見て、「自分もあんな風にペラペラと話せるようになれたらなあ。。」と思う。

だったら今すぐ英会話の勉強を始めたらいいだろう。

しかし、「もうこの歳だし無理だと思う」「仕事が忙しすぎて勉強する時間なんてない」とやはり諦めてしまう。

日常生活の中で、私たちは頻繁に「あれやりたいなあ」「これやってみたいなあ」ということをいつも頭の中で考えているにもかかわらず、それを「やりたいこと」として認識しないでいる。

それは最初から「できっこない」と決めつけて、可能性を否定し、あきらめてしまうからだ。

やっていもいないうちから「できっこない」と言い、物事を悲観的に考える。

そんなことをくり返していくうちに、次第に「やりたいこと」まで浮かんでこなくなってくる。

私ごとであるが、20代前半の頃にカナダ留学に行った経験がある。🍁

10代の後半くらいからずっと外国に住みたいという想いがあり、いつか住んでみたいという願望が頭の片隅にずっとあったのに、それをはっきりと意識することをせず、なんとなく生きていた。社会人になって何年か経った時に、自分があまりにも会社という組織で社員として働くことに向いておらず、心が病んでいたので、気晴らしに英会話を始めた。すると、また再び海外に対する興味や憧れが復活したが、どうしても海外に留学する勇気や情熱は湧かなかった。

しかし、あるきっかけで私はカナダへの留学を決意する。

それは、当時私はザ・イエロー・モンキーの大ファンで、ファンクラブにも入り、CDも全部持っていたし、ライブにも足を運ぶほどのはまりようだったのだが、ボーカルの吉井さんにいつかどうしても会いたくて、なぜか「英語が操れるようになれば、イエローモンキーと関われる仕事に就けるんじゃないだろうか?」と思い込み、会社を辞めて海外へ留学をすることを決心したのだ。

約3年ほどカナダ留学で現地に住み、夢だった海外生活を経験し、英語も話せるようになり、日本へ帰国した後は英会話スクールで講師の仕事に就いた。その時はすでに音楽関係の仕事に就きたいとか、イエモンのボーカルの吉井さんに会いたいという願望は薄くなっていたのだ。

しかしきっかけはどんなものであれ、結果的にカナダに留学してとても良かったと思っている。なぜなら10代の頃から頭の片隅にずーっと存在していた「海外に住みたい」という「やりたいこと」を叶えられたからだ。

「できっこない」という心のフタさえ外れてしまえば、「やりたいこと」など湯水のようにたくさん湧いてくる。

どんなことであっても、人間は物事に対して「できない理由」から先に考えると、どんどんネガティブになっていくという。

すべてのことに対してまずは「できる理由」を考えるくせをつけるべきなのだ。

 

みゆさん ٩(๑•̀ω•́๑)۶

 

ゼロ―――なにもない自分に小さなイチを足していく

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先延ばしクセがなおらない (ノω・、`)

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こんにちは、みゆさんです σ(´Д`●)

私は1年前にこのブログを初めて、その当時は個人でフリーランスで仕事をする生活をしたいと言っていたのに、いまだにそれが実現できていない。

ブログはこの通りほとんどアクセスがないにもかかわらず、なんとか続けられているが、ニコニコやツイキャスなどのライブストリーミング配信を始めたいと言っていたのに、それも勇気がなくて始められなかった。

先延ばしくせがあるからだと思う。

頭の隅のどこかに、じつはやりたくないという気持ちがあるのかもしれない。

しかし、どうしても会社で正社員として働くのはイヤだ、と言うか出来ない。

もう私の心が、魂が、そのことについてはっきりと「NO」と言っているからだ。

私にはまだまだ自己開示が足りないし、自分はクズだとかポンコツだとか言っている割には、ぜんぜん自分をさらけ出せていない。

ブログは毎日書かなければダメだという。

そうしなければ、情報発信にはならないという。

なにか物事を習慣化したいと思ったら、「意志」の力に頼ろうとするのは間違いだという。なぜなら、人はそれほど強い意志を持つことを続けられない動物だからだそうだ。

だから意志の力ではなく、何か習慣化させたいことがあったら、それを「仕組み化」させることだという。

顔を洗ったり、歯を磨いたり、家事や仕事などの習慣の中にブログを書くということも組み入れるように工夫するのである。

そして決して自分がやろうとしていることのハードルを高くせず、低く設定しておくのがポイントだという。

とにかく本当に心の底から今の状況、人生から脱出したい、いやしなければならない。

しかし好きでもないことをイヤイヤやるというわけではない。そんなことをしても長続きしないからだ。

やるならば自分のやりたいこと、好きなことをして情報発信してゆくことが大事なのだ。

とりあえず、頑張ります。

 

 みゆさん (*´д`)o

 

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自分が「ゼロ」であることを認めてスタートするヾ(。>﹏<。)ノ゙

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こんにちは、みゆさんです ( ꒪⌓꒪)

40代、独身、女、仕事はパート、実家暮らし。😱

世間的には色んな意味で”終わっている”と見なされる、何も持っていない、何の社会的ステータスもない「ゼロ」の自分。

語学のスキルは多少あるし、事務職や英会話講師の経験はあるが、これからの時代はそれらの仕事は淘汰される仕事であり、飽和状態をとっくに超えている、所謂「まともに稼げない」職種であり、私自身ももうやりたいとは思っていない。

おまけにもうこの歳である(40代とだけ言うがねずみ年生まれである。。。)🐭

しかし「ゼロ」の状態というのはそれほど悪くはない。

ゼロの地点に立っているということは、それは人が新しい人生を踏み出そうとするときだ。🌱

人生においての次へのステップに進もうとするとき、そのスタートラインにおいては誰しも等しくゼロなのである。

人はどうしても、あらゆることに対して一足飛びに成果を出したいという欲が出るから、掛け算をしようとする。

しかし、ゼロの状態において、何を掛けてもゼロにしかならない。

ゼロに対しては足し算をするしかない。つまりそのゼロに「1」を足すことからすべてが始まるということである。

ゼロの自分に小さな「イチ」を足すことからスタートさせることが、まずは第一歩ということになる。

最初に肝心なのは、本当に自分が「ゼロ」だと認めきることだ。

それには今まで着飾っていた自分、気取っていたり、演じていた偽りの自分というものをすべて脱ぎ捨てて、まっさらな、格好悪い自分をさらけ出すことが必要になる。

ダメでポンコツな自分、クズな人間である自分を開示して、そこからゼロとして最初の一歩を踏み出す。

足し算する小さなイチは小さな成功体験を得ることである。

私の場合は小さなイチを足すために、いくつかのことにチャレンジしたが、今のところ全部コケている。💦

まずは「ココナラ」というスキルや経験を売り買いするフリーマーケットのプラットフォームで、英会話レッスンや翻訳の仕事をしばらくやっていたのだが、どうも労力や費やす時間と報酬があまりにも合わなかったのと、どうも心から楽しんでやることが出来なかったため、半年ほどでやらなくなってしまった。💧

はてなブログも最初の無料サービスで、はてなドメインでやっていたときは、アクセス数も初心者なりにまあまああったし、コメントはつかなくても、スターをつけてくれたり、読者がついてくれたりして、まったく収入には繋がらない割にはよくやっていたと思う。

しかしこのままではダメだと思い、収入につなげられるブログにするべきだと考え、独自ドメインを取得し、はてなのサービスもPROに移行し、アマゾンアソシエイトのブログを始めたものの、なんとアクセス数がほとんどなくなってしまったのだ!

それでも、どうしたらいいのかわからずブログを書き続けている状態だ。😰

自分のホームページの作成もして、自分で英会話レッスンや翻訳の仕事をしようと思ったけれど、それも上手くいかず。。。。

このように小さなイチを足そうと色々試みてきたが、どうしても上手く足すことが出来ないでいる。

じつは上手くいかないのには大きな欠点がある。

それは自分に「働きたい」という意欲がないことである。

もちろん多くの人は働きたくないと思っているだろうし、そんなの当たり前だと言うだろう。みんな生活するために我慢して働いているんだ、という声もあるかもしれない。

それでもやはり人は「働きたい」「仕事が好きだ」と思いながら働く方が幸せである。

仕事を好きになるにはどうしたらいいのだろうか?

私たちの多くは「好きなことを仕事にすればいい」と大体は思うだろう。

しかし実際は逆で、「あることに没頭するから、その仕事が好きになる」のだそうだ。

先に「没頭」することが大切で、「没頭」するからこそ初めてそれを好きになることが出来るのだという。

つまり仕事が嫌いだと思っている人は、ただの経験不足なのだという。

心の中に好きの感情が芽生えてくる前には、必ず没頭という忘我があるということなのだ。

仕事が好きになれない、嫌いだという人は、仕事に没頭した経験がない、無我夢中になったことがない、そこまでのめり込んだことがない、それだけの話なのである。

それでは没頭するためにはどうすればいいのか?

とりあえず、今やらなければならない面白くない仕事をするときに、自分の中でルールや目標を作るといいらしい。

例えば今日は電話の応対を噛まずに、完璧な言葉遣いでプロフェッショナルにやり遂げるという目標を立てるとか。

今日はこの書類の作成を通常の2倍速で仕上げるとか。

今日はこの作業を1時間で100件こなすとか。

効率の良い作業方法を独自で編み出すとか。

自分だけのオリジナルの営業トークを考えるとか。

販売ならば、今日はこの商品を重点的に推して10個売るという目標を立てるとか。。。

このように独自のルールを設けたり、目標を設定すると、自然と仕事に没頭できるようになるだろう。

私ももっと今のパートの仕事に没頭してみようと思う、それと同時に本当に自分がやりたい仕事が出来るようになるように、まずはブログにもアフィリエイトにも没頭してしっかり取り組んでみようと思う。

 

みゆさん (๑•́ ₃ •̀๑)

 

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