みゆねこのブログ

すべての生きにくい人に寄り添うブログ

職場の人とは腹6分でつきあう (・ω・)

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こんにちは、みゆさんです @(・●・)@

あなたは職場の人と友達になるタイプの人ですか?

この場合、プライベートの休日でも一緒に遊びに出かけるレベルの親密さということである。

もしこのような付き合いを会社の同僚と現在しているという人は、「職場の人とは腹6分、いや5分くらいで付き合う」ことを強くお勧めする。

職場の同僚や先輩たちとよい人間関係を築くには、もちろん一緒にランチに行ったり、就業後にディナーに行ったり、飲みに行ったりすることは、コミュニケーションを円滑化させるためにもとても良いことだと思う。

しかし、プライベートの友人のように私的な深い部分まで共有するのは、後々のことを考えるとリスクがあると思う。

私は今まで会社の人たちとプライベートでも親しくした人は何人もいたけれど、距離が近くなりすぎて、仲違いしてしまい疎遠になった人も何人かいるし、多くは自然消滅で付き合いがなくなっている。

つまり、職場で仲良くなる人というのは、仕事そのものや職場の人間関係においての事柄を共有し、励まし合い慰め合うための存在であることが多く、本当はプライベートでなど二の次なのである。

だから職場で友達になり在職中はそれなりに仲良く無事に付き合えても、会社を辞めた数年後には殆ど会わなくなってきて、そのまま疎遠になっていくのものだ。

自分の経験上べったりと仲良くなりすぎた職場の同僚とは絶対に後々なんらかの理由で関係に亀裂が入っていたと思う。

人は腹6分でなく、9分くらいで付き合おうとすると、必ずお互いが図々しくなりすぎて、お互いに嫌いになってくるのだ。

特に職場の人なんて利害関係でつながっていることが殆どなのだから、さっぱりと適度な距離をとりながら腹6分、いや5分くらいで付き合うことである。

付かず離れずが一番なのである。

 

みゆさん (・Д・)

 

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ファッションはどっかしらダサいのがいい o(・ω・。)

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こんにちは、みゆさんです (*´・∀・)

町を歩くと、頭からつま先まで流行の先端のファッションで決めている若者がたくさんいる。

若者でなくても、中年でも全身垢抜けたセンスのいい洗練された着こなしで颯爽と歩いている人もいる。

このような「イケている」身なりの人はだいたいにおいてリア充たちだが、髪型から洋服から靴まですべて流行を押さえ、美しく可愛く格好良く決めているファッションは苦手である。

毎朝自分のヘアスタイルを完璧に整えられる人って一体なんなのだろう?

毎回新しい流行の波が来るたびに、服を買い替える人ってなんなんだろう?

もし自分が今流行りのファッションアイテムや人気高級ブランドの洋服を持っていたとしても、全身それらで身を包むのはイヤだ。

どこかなんとなくダサい所がある方がほっとするからだ。

たとえばある程度ちゃんとした服装でも、シャツがチェックとか水玉模様で、ボタンは1番上までしっかりと留める。

全然流行りでもなんでもない、ロックっぽいアイテム、たとえば靴とかパンツとかアクセサリーを取り入れる。

紫とか玉虫色とかウグイス色とかまっピンクとかの個性的な色合いで、ダサいとアートっぽさの境目のような色とか柄の服を着る。

年甲斐なく、お嬢様風ブラウスにリボンをつけたりして少女っぽくしたり、シャツにネクタイを締めて麗人っぽくしたり、赤の水玉のブラウスを着てポップで前衛的なサブカル風にしたりする。

髪の毛はボブのおかっぱで、赤い縁のメガネをかける。

などリア充が見たら「うぇ!ダサ!」って思われるようなファッションがちょうどいいと思ってしまう。

特にロック系ファッションは今でも憧れで、一度も着たことがないけれど、ライダースジャケットとか、洋楽のバンドのロックTシャツとか、パンクっぽいラバーソウルの靴とか、身につけてみたいなあと思う。

洗練されすぎていて、ファッショナブルすぎる格好は不安であり、そんな格好をしたら自己が崩壊していくような気さえする。

だからワンピースの下にはレギンスを履いてしまうのである。

ポップさとヨーロピアンとダサさが融合したときに、自分が心から安心できるモードになれる。

以前に勝間さんが「髪型と洋服がちゃんと整えられていれば、どんな人でも並み以上になる」とい言ってたけれど、要するに世間一般受けする、ある程度流行も追っている、保守的な女性らしい、男性らしい身なりをしろということなんだろう。

無難に生きていくのならば、ひょっとしたらそれが一番なのかもしれないけれどね、でもさ、それじゃあつまらないんだよね。

ダサくてもいいから自分らしく表現して生きて生きたいんだよ。

みんな自分がしたいファッションをするべきなんだと思う。

 

みゆさん ( ´・ω・`)

 

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フェイスブックちょっと苦手、、同窓会には興味がない。。。 ♪( ´▽`)

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こんばんは、みゆさんです ╰(*´︶`*)╯♡

あなたはフェイスブックをやっていますか?

私はフェイスブックアカウントは以前に一応作ったことがあり、目的は神聖かまってちゃんというバンドの曲をPV動画を張り付け英語で紹介するためだった。

しかしそれ以外の目的では一切使ったことはない。

「お友達かもしれない」というリコメンド機能でフェイスブック側から何人かの過去の私の知り合いだった人のアイコンが紹介されたが、完全に無視した。

フェイスブックはネットで人との繋がりを広げ、リアルでも繋がりを作ることが目的のSNSだと思うが、自分はすごく苦手である。

フェイスブックは別名「オーバー30のリア充ツール」と呼ばれたおり、それを聞いただけでも自分の肌に合わない場所だとわかる。

学生時代のクラスメイトや会社の同僚や元友達など、今では関係が切れている人となぜまた繋がりを持たなければならないのだろうか?

そのような人たちに友だち申請をされたって、はっきり言って困るだけである。

フェイスブックに登録していることで最も困るこが、学校時代の人たちからの同窓会へのしつこい勧誘である。

何年か前に中学校の同窓会と、カナダの語学学校の日本人生徒たちによる同窓会への勧誘があったけれど、まったく行く気が起きず、興味もまったくなかったので、断ったことがある。

あなたは同窓会に行くのが好きな人だろうか?

私は好きではない。

同窓会に行きたがる人の多くは、はっきり言って自慢したい人だと思う。

華麗なる経歴を重ねてきた人や、現在のリアルが充実している人たちである。

要するに成功している人たちだ。

私はこのとおりいい歳をしてもどうしようもないし、そもそも学生時代に本当に仲良しだった友人は今でもちゃんと付き合いがあるわけだかは、それだけで十分であり、それ以外のクラスメイトや同学年だった人など別に会いたいともなんとも思わない。

同窓会が好きな人は基本的に人好きなんだろう。

もし万が一、自分が現在なんらかの成功者で、結婚もして子供もちゃんと育てているとしても、それでも同窓会に出席したいと思うのかどうかわからない。

特に中学生は闇時代だったし、自分に対して意地悪で馬鹿にしていたような人間も多くいたから、またそいつらと再会して顔を見るだけでもイヤな記憶がフラッシュバックしそうで、とても嫌である。

イヤな記憶にまつわることにはもうなるべく積極的に触れ合うべきではないと思う。

過去の人間に会うことがもしかして、自分にとってとても意味のあることだとしたら、きっと意を決して会ってみようと思うかもしれない。

しかしそうでないのなら、これからも同窓会には参加しないと思う。

フェイスブックをやると、過去の人間たちに無理やり紐付けられてしまうリスクがあるからイヤなのだ。

もう会いたくない、関わりたくない人間はたくさんいるのだから。

私には個人情報の開示を強制してこないブログとツイッターが性に合ってるのだと思う。

 

みゆさん  (・∀・)

 

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社内ニートなる言葉を発見、ちょっとうらやましい。。。(๑•́ ₃ •̀๑)

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こんにちは、みゆさんです。( ꒪⌓꒪)

ある記事を読んでいたとき、世の中には「社内ニート」なるものが存在することを知った。

ニート」なら知っているが、「社内ニート」ってなんなんだ?❓

それは、会社勤めはちゃんとしていることになっているけれど、実際は出社してもすることが何もなくて、退社の時間まで会社に長い時間居る労働者のことらしい。

就業時間なのに何もすることがないから、Youtubeの動画をずっと観ていたり、Kindleで漫画を読んでいたり、ネットサーフィンしていたりとか、そんなことぐらいしかやることがない。

たまーに電話が1本掛かってきて対応するくらいだという。

これほど仕事のない人なのに、一応中小企業のSEで、給料はなんと手取りで25万円くらい貰っているという!!😮

うらやましい。。。🙄

何も仕事をしない人に毎月きっちり給与を与えるなんて、企業は大丈夫なのだろうか?

また他にも信じられない労働者がいる。

職業はビルのメンテナンス管理で、一応仕事はビル内のパトロールだったり、毎朝毎夕の清掃は任されているというのだが、それほど時間が掛かる仕事でもなく、それ以外はほとんどやることがなくて、ヒマでヒマで死にそうなのだという。

待機室のような場所があるようなのだが、テレビもなく、コンセントもないからスマホの充電が出来ない。だから動画などはあまり観れないのだという。

そんなことを朝から晩までやることで、1月に30万稼げるのだという。

信じられない仕事である。😔

でもやっぱり少しうらやましい。。。。😅

世の中には飲食などのサービス業で死ぬほど忙しいわりには薄給で、ツラい仕事をしている人が沢山いるのに、「社内ニート」なる貴族のような者たちが存在するとは。。。

私の今の職場の社員さんなんてまさに、「はたらけどはたらけど我が生活楽にならざり」に近い状態で働いている。

それなのに、ほとんど仕事をせず、なんの価値も生み出さずに、ただ居るだけでお金を与えられる人がいるだなんて。

きっと「社内ニート」さんたちは、「ヒマ地獄」に耐えることの対価として給料を貰っているのかもしれない。

それが一体企業にとってどんな価値を生み出しているのかは定かではないが。

しかしこの「社内ニート」の人たちは、おそらく企業から「辞めて下さい」と暗黙に言われているも同然なんだろうな。

企業はこの人たちに早く辞めてほしいけれど、解雇は法律上出来ないから、何も仕事を与えずに飼い殺しにすることで、自分から辞めていってもらおうという、暗黙のリストラ対策なんだと思う。😨

ほんの数ヶ月程度の一時的なものならば、仕事をほとんどせずに25万も30万も給与があるのならば、ぜひともやりたいと思う。

しかし、それが自分の職業になるとすると、だんだん自己の無価値感を感じるようになり、自己肯定感を下げるようになるんじゃないかと思う。

世の中は不条理であると思うけれど、やっぱり自らが働いて貢献し、価値を創り出した分、その対価としての報酬を得ることが一番いいのだと思う。

そしてやっぱり、ヒマすぎるのはツラい!

仕事がヒマだと時間が経つのが遅く、1日が長くて本当にツラい!

ある程度忙しい方が時間の経過も早いし、仕事の後にも「ああ、仕事したあ~」という達成感があり、爽快な気分になる

仕事をしなくてもお金が貰えるというのは、楽ちんでラッキーなのかもしれないけれど、人間にとって大切なセルフエスティーム(自尊心・自己肯定感)を喪失してしまう恐れがあることを思うと、それがラッキーとは言いがたいのかもしれない。

「社内ニート」が存在するというのは、いかにも日本社会らしい現象である。

 

みゆさん ╭(๑•̀ㅂ•́)و

 

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車の運転に憧れる。。。 (´∀`=)

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こんばんは、みゆさんです @(・●・)@

あなたは車の運転をしますか?

私は車の運転は出来ません。

しかし運転免許は一応持っています。

つまり完全なるペーパードライバーである。

21才の時に教習所に通い、教習の段階ごとにことごとくダブってばかりで、判子をなかなかもらえなくて、次の段階に進むのに時間がかかっていたし、卒業検定も一度落ちたりした。

この話を聞く限り、私が運転のセンスがないことは察しがつくだろう。

試験場での学科試験は一回で受かったものの、免許証を取ったあと、家族のメンバーに同乗してもらい何度か路上でドライビング練習をしたが、あまりのセンスのなさに家族全員から「おまえの運転は怖い。危険だ。運転はしない方がいい」との宣告をされ、自分自身も正直運転は怖かったし、どこかで危険さを感じていたので、それ以来運転することをやめてしまった。

あれ以来一度も自動車の運転をしていない。

車を運転する必然性もほとんどなく、ただ周りの友人が次々と運転免許を取っていたので、取り残され感と焦りでつい取ってしまったのだ。

だから真には本意ではなかったのだ。

すなわち私にとって運転免許証はIDにすぎず、身分証明証であり、ドライバーズライセンスではない。

しかし時々、1人で車でどこかにドライブに行けたらなあと思うことがある。

運転ができたら、海とか山とか温泉地とか、近場でも自由気ままにいろんな所に1人で行ってみたい。

特にワーケーションという、休暇の中で移動しながら働けるスタイルに憧れているから、運転が出来たらほんとうに便利だろうと思う。

しかしながら、やっぱり公道を運転するのは怖い。

今考えれば、注意欠陥の軽度の発達障害のある私には車の運転など無理があったのだ。

車の運転をして、自分が事故に遭って死ぬのならまだいい。万が一、人をひいてしまったら取り返しのつかないことになる。

しかし近い未来には、個人の車も自動運転が可能になるというから、時々レンタルで借りて、自動運転の力を借りながら、箱根とか伊豆あたりまでドライブに行きたいものだ。

 

みゆさん (・ω・)

 

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毎日食べることばかりが楽しみ (о´∀`о)

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こんにちは、みゆさんです (*☻-☻*)

はっきり言います。

私は人生の中で今のところ食べることしか楽しみがありません。

いつも頭の中にあるのは、どこどこの店のスープカレーが食べたい、あそこの店のラーメンが食べたい、鎌倉西口のフレンチが食べたい、イタリアンが食べたい、寿司が食べたい、中華が食べたい、うどんが食べたい、唐揚げ弁当が食べたい、パエリアが食べたい、、、、

食べたいものを上げたらきりがないのである。

ちなみに上の写真は鎌倉の小町通り入り口近くにあるトルコ料理ハラール料理)の店のチキンケバブである。

よく昔からいわれているのが、「寂しい女は太る」ということである。

要するに、日常生活の中で、仕事にも恋愛にも趣味にも楽しみが見いだせないから、食べることだけが楽しみになり、たくさん食べることで太ってしまうということだ。

そもそも食べるという欲求自体がはしたないという考え方もあるらしい。

食べるという行為は本能の欲求そのもので、特に食欲は性欲とも通じるとも考えられているから、人前でガツガツ食べたり、食欲旺盛なところを見せることは恥ずかしと思う人もいる。

それはそうなのかもしれない。しかし仕方がなかろう。

この日本という国は、町の中にありとあらゆる料理の飲食店が存在し、それ以外にも実に多彩な食べ物屋が軒を連ねる。

日本ほどあらゆる国の料理を楽しめるところはないし、スーパーやコンビニなどにも沢山の出来合いのお総菜がたくさん揃っている国など他にはないと思う。

実際に私自身がカナダに住んでいた時も、イギリスやアメリカに旅行したときも、スーパーにお総菜などあまり売っていなかった。

日本のテレビのバラエティ番組では、一体いくつのグルメ番組があるのだろうか?

雑誌でもネットでもどれだけグルメに特化した媒体があるのだろうか?

きっと数え切れないほどあると思う。

そのような環境に生きている私たちは、食べ物をいつも目にしていることになる。

いずれにせよ、食べることは嬉しいし楽しい。

仕事が終わった後はいつも夕食が楽しみだ。

そのために働いていると言ってもいいだろう。

食いしん坊と言われても別にいい。寂しい人間と言われてもかまわない。

ただ人間は胃袋が1つしかないし、あまり大きくもないから、すぐにお腹がいっぱいになってしまうし、チョコレートやドーナツやクレープなどのスイーツも大好きだけれど、あまり糖分を取り過ぎることは体に悪いから、沢山食べるのも毒だし、キャパが小さい。

人間も牛さんのように大きい胃袋が4個あったらよかったのかもしれない。

食べることばかり楽しみにしている人間って情けないかもしれない。

でもそのために健康でいようと思うし、ちゃんと働こうと思えるわけだから、かっこいい人生ではないけれど、まあ人間なんてこんなものなんじゃないだろうか。

 

みゆさん ( ̄∇ ̄)

 

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炎上に憧れる、けれどビビり (*´д`)o

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こんばんは、みゆさんです。|д・´)

元号「令和」になりましたね

新しい時代が楽しみになってきた。💞

さて、あなたは今まで自分の発信が元になり、炎上させたことがありますか?

炎上とは主に、ツイッターとかインスタグラムなどのSNSや、2ちゃんなどのネット掲示板、各ブログなどでの個人の発言内容が賛否を呼び、コメント欄や投稿欄が荒れることを言うけれど、リアルな生活でもこの炎上はあり得るかもしれない。🔥

とにかく自分が発信した何かが物議を醸し出すということである。🔥

「炎上」、私はじつに憧れている。🌟

一度でいいからネット上でも、実生活でも、自分の意見を言うことで一石を投じ炎上させてみたい。

しかしどうも勇気がない。非常にビビりな性格なのかもしれない。😖

基本的に他人から反論されたり批判されることに抵抗があり、どこかで怖がっている。

だから、本当にごく希にたま~に自分の発言に対する反論みたいなツイートが来たりするけれど、うま~く相手を丸め込んで対立しないように回避してしまう。😓

もっともっと攻撃的に議論に発展させても良かったのかなあと後から思う。

先日自分の敬愛する東京MXの「バラ色ダンディ」という夜の番組で、ゲスト出演していたアイドルタレントの戦慄かなのさんという人が、以前SNSで「今日電車内でババアと殴り合いのケンカをした」というツイートをして炎上したと言っていたけれど、自分もこんなことを実際やって炎上させられたら面白いだろうなあと羨ましく思ってしまった。💧

もちろんこの歳になってそんなことしたらイタいにもほどがあると思うけれど、破天荒さには憧れる。

自分の信念を他人が何と言おうと貫き通し、世の中を変えていきたいと思うならば、対立や批判や議論を怖れずに、ガンガン発信していき、炎上すらも怖れないというスタンスでいなければダメなんだろうな。

きっと傷つけられるようなことを言われるかもしれないし、でもそれを怖れていたら何も変らないんだろうな。

あのいつも必ず発信する一言一言が炎上するといっても過言ではない堀江貴文さんが言っていたのは、「賛成が51%反対が49%の割合になるようなスレスレの内容の意見を言う」のが世の中に一石を投じられるような、議論にも発展しやすい炎上になるってことだ。

確かに世の中の9割ぐらいの人がYESと思っていることを発信しても、多くの人があたりまえと思っていることだから、それほど話題にはならないし、当然だからスルーしてしまうだろう。

反対に世の中のほとんどの人がNOと思っている意見を発信しても、ただ不快なだけだから、相手にされなくて無視されるだろう。

しかしYESとNOの割合が拮抗しているような状態だと、賛否両論の意見がせめぎ合い議論に発展する可能性が出てくるから、話題になりやすいし、運がよければバズることだってある。👆🏼

そうなんだ。炎上させられないような人はバズらせることだって出来ないということなんだな。

それには常に自分の心に素直に、世の中に対する疑問とか怒りとかを的確な言葉の表現で発信できる力が必要なんだと思う。

少しずつでもそうできるように勇気を出していきたいと思う。

 

みゆさん |_・)

 

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

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