みゆねこのブログ

すべての生きにくい人に寄り添うブログ

「やらさらている感」は持たない、自分で人生をコントロールできている実感∧( 'Θ' )∧

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こんばんは、みゆさんです ٩( ᐛ )و

私たちは時々何かを「やらされている」と思うことがある。😒

つまらない仕事をやらされている。😩

イヤな仕事をやらされている。😩

面倒くさいことをやらされている。😩

これって私たちが自分たちの行動が自分以外のなにかにコントロールされてしまっているという意識を持っている現れであると思う。

私自身も仕事に行くたびにしょっ中好きではないことを「やらされている」という感覚を持ってしまうことがある。

しかし、そこの会社に応募したのは自分である。そして研修期間でもそのあとでもいつでも辞めることはできたはずだし、今だってやめようと思えばいつでもやめることはできるはずだ。

会社がやめさせてくれない、というのは実は違法であり、法律で労働者は守られているはずである。

私たちは自分の人生の船の舵は自分自身で本当はとることができる。🛳

しかしそれは意外と大変なことであり、エネルギーを要することであるから、他人や環境のせいにして、現状にとどまることを選びがちなのである。

自分で自分の行動の責任を取るのがイヤだから、自分の不満や不幸の原因を自分の外側にあると思い込むようにする。

イヤな仕事はどうしたらやらないように出来るか、どうしたらその仕事をイヤだと思わずに出来るようになるか、能動的に自分に合わせるように動くことができるなら、それは自分で自身の行動をコントロールしていることになる。

今ある状況は、自分の選択によってなり得たものであり、絶対に回避できないものではなかった。

自分のゴールから見て、今の自分は正しい方に向かっているのか?その達成に少しでも役立っていることをしているのだろうか?

もし答えがYESならば、そのまま進んでいっても平気だろう。

しかし答えがNOならば、今一度自分の立つ現在位置を確認して、方向転換する必要があるかもしれない。

他人の評価や反応は一切関係がないし、聞く必要もない。

「やらされている」と感じていることをイヤイヤ続けることの心身への害悪については、経験があるので嫌という程わかる。🙀

うつになることはまず間違いない。🤢

だから「やらされている」と少しでも感じることに対しては、そのままにしておかず、何かしらの介入を入れて変化させるなり、そこから離れるなりして、自主的に状況を動かすことを試みようと思う。

 

みゆさん _φ( ̄ー ̄ )

 

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中国系の人の語学のセンス ٩( ‘ω’ )و

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こんにちは、みゆさんです ( ・⊝・ )

現在とある観光名所で販売の仕事をしているのだが、とにかくインバウンドの海外からの観光客がとても多い。

毎回いろんな国からのお客様が店を訪れる。🌏

そしてなんといっても1番たくさんいらっしゃるのが、中国、香港、台湾、中華系のマレーシア、シンガポール、中華系のカナダ、オーストラリア、アメリカ国籍のお客様たちだ。

とにかく全体的に中華系の人たちが多い。🍜

いかにこの人たちが世界の人口の多くを占めているのか、この仕事をしていると実感する。

そしてこれらの国々のお客様たちを接客している際に気づくのが、彼らの外国語の習得の能力の高さである。

 まず香港、マレーシア、シンガポールの方々、そしてカナダ、オーストラリア、アメリカなどの英語圏の国籍の中華系の方々は、年齢関係なく殆どの人が英語を問題なく話せる。

そして彼らの中には母国語に限りなく違いレベルで英語を話せる人も少なくない。特に若い世代の人たちにはその傾向があり、年配の方であっても流暢に話せる人が多いのが特徴である。

英語圏に暮らしている人はそうだと思うが、香港は長い間イギリスの統治下にあったため、英語が公用語だった名残があるからだろう。

そしてマレーシアやシンガポール公用語に英語があるし、マレーシアでは「マングリッシュ」、シンガポールでは「シングリッシュ」という言葉があるくらい、英語を独自で使いこなして発展させているそうである。

また台湾の人でも、若い世代の多くは英語を日常会話レベルで上手に使いこなせている人が結構たくさんいる。ただ少し年配の方々になると英語はあまりお話されないことが多々ある。台湾は国としての規模が小さいため、経済において内需だけではやっていけないため対外交易が重要となるから、英語教育に力を入れているのだという。

中国の人たちは、他の国々に比べると、英語を流暢に話す人は多くないという印象を受ける。

特に年配の方々になると、ほぼ中国語オンリーであり、英語はまったく通じない。

しかしそれでも、若い世代の人たちは最低限の日常的な会話や聞き取りは出来ているように思う。中にはとても流暢に話せる人もいて、その人たちは都市部の出身の人が多いようである。

どうやら中国では高校の3年間に英語の教育がされるといい、たったそれだけの期間の勉強でも、日常会話程度にはしっかりと出来るようになるというのはスゴイなと思った。日本人とは大違いである。😓

また英語だけではなく、中国系の人たちには日本語が話せる人もけっこういて、時折感銘を受けることがある。😲

かなり上手に話せる人には、日本に住んでいるのか質問したりするけれど、大抵の場合彼らは自国でお勉強をしているだけだというから驚きである。

また私の職場の営業の社員さんの中には中国の人たちがいるけれども、みんな日本語はものすごく流暢だし、英語も結構話せる。しかしきいてみると、彼らは日本に住んでまだ4,5年くらいなのだという。

恐るべき語学センスである。😲😵

確かに中国語(北京語・広東語)を母国語として話せる人は、外国語の習得が早いというのは聞いたことがあったが、やはり実際そうなんだと思う。

逆に日本人が中国語をマスターしようとしたり、英語圏の人が中国語をマスターしようとしても、きっともっと時間がかかるような気がする。

いつも興味深いなと思っていることだ。

 

みゆさん (^・∀・^)

 

幸せになりたいなら感謝すること (・∀・)

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こんばんは、みゆさんです ٩(๑❛ᴗ❛๑)۶

私たちはよく「今しあわせですか?」という質問をされたとき、はっきりと「しあわせです」と言い切ることが少なくて、ときには「全然しあわせじゃない、不幸です」と言ってしまうこともある。

そんなときはなぜ自分が不幸だと思ってしまうのだろうか?幸せと感じることができないのだろうか?

よく美輪明宏さんが言っていることですが、しあわせになりたければ、あらゆることに感謝をすればいい、ということである。

それは「見ることができる、聞くことができる、話すことができる、食べることができる、味がわかる、匂いがわかる、歩くことができる、走ることができる、小便ができる、大便ができる、、、」

など、私たちが毎日あたりまえにできると思っていることができない人たちが世の中にはたくさんいる。

自分の愛する人たちの顔を見れない、声を聞けない、気持ちを伝えることができない、という人たちにしてみたら、それらをあたりまえのようにできる人たちはどんなにしあわせかと思うだろう。

私たちが自分たちを不幸せだと思ってしまうのは、感謝が足りないということなのだ。

とりあえず、なんだかんだいっても、働く仕事があるし、お金を自分で稼ぐことができる。

自分の現状に不平不満をいう前に、とりあえず自分がいろんなことが自分でできているという現実に感謝しようと思う。

とりあえず今のところ、身体的になに不自由なく、病気もしないで健康に生きられていることは、どう考えてもラッキーでしあわせなことなのかもしれない。

その現実にとても感謝している。

みゆさん  (=゚ω゚)ノ

 

 

花言葉

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すべては自分の価値観のもとに行動するd( ̄  ̄)

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こんばんは、みゆさんです (๑˃̵ᴗ˂̵)

周りの人たちみんながこれをやっているから、周りの人がこう言っているから、周りの人がこれを使っているから、周りの人がこれを着ているから、自分もそうする。

あなたはそんな考え方で生きているだろうか?

自分はほんとうは心の底ではこう思っているけれど、世間がこうだからそっちに合わせて生きるということである。

しかし、真に自分にとって一番よくて幸せに生きるためには、自分自身の価値観に従うことだという。

結局これが一番正しくて、後悔のない生き方になると思う。

ただ、そうやって自分はこれがいいと思う生き方を貫こうとすると、世間からの逆風にさらされて、変わり者とかはみ出し者といわれ、批判されたりもして、ツライ思いをすることも出てくる。

それは周りの人間たちの、自由に自分の心のままに生きている人に対する嫉妬であり、自分たちがそのように生きられないものだから、そのストレスと怒りをその人たちに批判や侮辱という形でぶつけているということである。😩

それぞれの人間は誰一人として同じではなく、違う存在であり、だからこそ一人一人の幸せの形もすべて違くて、人の数だけあるということだ。

それゆえに自分にとって一番よいことは、自分自身にしかわからない。😕

自分の価値観に従って生きるのが一番正しいというのは真実であると思う。

「人はこう生きなければならない」という世間の常識に対して抵抗がある人は、じつは世の中に多い。

他人からどうみられるか気にしてばかりの人は、その一般的な常識からはみ出すことが恐ろしくてたまらない。

しかしそんなの不自由でしかないし、ほんとうに幸せな人生とはいえない。

自分はなにが好きでなにが嫌いで、なにが自分にとって快でなにが不快なのか、常に心の声に耳をすませながら判断する。👂🏻

周りの声には一切振り回されない。

自分はこれが好きなんだ、自分はこうしたいんだ、という道をひたすら進むのが多分一番正しい。

そしてそれはとても自由なん生き方なんだと思う。

みゆさん (`・∀・´)

 

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

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今ある目の前のやるべきことをとりあえずやる ( ・⊝・∞)

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こんにちは、みゆさんです ヾ(o´∀`o)ノ

「これから先の人生どうすればいいんだろう。。」とか「なんの仕事をほんとうはやりたいのかわからない」とか、考えても考えても答えが出てこないことはよくある。

そしていくら考えても何もいい考えが思いつかないと、様々なことにたいしてやる気が失せたり、気力がなくてだるくなったり、抑うつ的になったりと、自己否定感のクセがまた出てきて、どうしようもない自分に逆戻りしてしまう。

しかしそのような時に、自分の身の回り、机の上、部屋の中をよく見てみる。

最近選択を怠っていた布団や枕のカバーやシーツ、洋服などはないだろうか?

部屋の中でホコリをかぶった所はないだろうか?

机の上もいらない紙とか、古くなった書類とかいろんなモノでゴチャゴチャしていないだろうか?

買い物した袋を開封せずにそのまま置きっ放しになっているモノはないだろうか?

冷蔵庫や棚の中に賞味期限が切れてだいぶ経っている食品はないだろうか?

冬物のコートとかスーツなどクリーニングに出さなきゃいけないものはあるだろうか?

防災具の買い置きなどはちゃんとあるだろうか?

他にも日常生活の中で忘れていることってないだろうか?

私たちは現在よりもっといい生活とか幸せとか理想とか追い求めてしまい、それについて思いを巡らせて悶々としてしまいがちだけれど、基本的には毎日を無事に衣食住をしっかりさせて生きていかなければならない。

そのためには目の前にある生活のための最低限のやるべきことを1つ1つやることが大切である。

何日も掃除をしていない部屋とかあったら、そこをまず掃除してみる。

使わないいらないものがあったら捨てて収納スペースを確保させる。

部屋のカーテンやエアコンのフィルターなどはホコリが着きやすく、アレルギーやぜんそくの原因になりやすいから、しばらくやってないなら洗濯・掃除をしてみる。

とりあえず、自分の身の回りのことがちゃんと出来ればOKなんじゃないかと最近は思うようになった。

もしうつ状態がひどくて、本当に何もやる気になれないのなら、それは何もしなくてもいい。その場合はするべきことはぐっすりと眠ることだと思う。

ただちょっとだるいとか憂鬱な気分くらいなら、まずは自分の日頃持ち歩いているカバンの中やお財布の中の整理をするといいだろう。

いらないレシートやゴミとかポイントカードとか期限切れの割引券とか、色々と捨てるものも出てくるから、それを処分するだけでもけっこうスッキリするものだ。

頭の中がゴチャゴチャしてモヤモヤしている人は、ぜひ辺りを見回してやれることをやってみるといいかもしれない。

 

みゆさん (。☌ᴗ☌。)

 

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日常生活で余ったものを売るという発想 (。ˇε ˇ。)

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こんにちは、みゆさんです ( •ω•ฅ)

ある個人で起業をするためのノウハウ本の1冊に興味深いことが書いてあった。

自分の日常生活にも必要なものを作って、その余りを商売に回すという発想である。

例えば農業を自分でやろうとするならば、高級でブランド力のあるイチゴとかメロンとか、手間や初期投資はかかっても鎌倉野菜みたいな、ある一定のファンがつきそうな高級野菜を作って儲けようと考える人が多いかもしれない。

しかし、簡単に手軽に一人ですぐに始めたいと思うのならば、もっと身近な私たちの多くが日常的に食する野菜、例えばキャベツ、ジャガイモ、タマネギ、ニンジンとかナスとかピーマンとかトマトとかを作るようにするといいらしい。🥔🥕🍆🍅

これらの野菜は自分も毎日使うものだし、作った余りの野菜を売ればいいということである。

そして作った野菜をどこで売るのかという販売経路についてだと、自分の実家で作っているとして、その近辺で販売するのはもちろんのこと、仕事や学校や何らかのコミュニティーの活動のために電車やバスの定期券を持っているのならば、それを利用してその目的地で販売経路を探し、そこで商売をやれば、生活のための交通費が商売の輸送費にもなるということである。

またリサイクルショップと飲食店をやるというのも、余ったものを存分に利用して起業できる一つの方法だという。

リサイクルショップならば、冷蔵庫や洗濯機やテレビや掃除機などの家電や、椅子やテーブルやソファや棚などの家具や雑貨などが山のように入ってくる。

それらの気に入った家具や家電を利用して、飲食店の方で存分に使用できるから、内装費が大幅に浮いたりする。そして残りのものを売るというわけである。

またそれらの家具や家電に飽きてきたら、またリサイクルで入ってきた新しい気に入ったモノと取り替えて、今まで使っていたものを売ればいいという。👆

この理屈で行くと、飲食店の料理の方も、自分自身のための食事の余りを利用できることになるという。

私たち人間は必ず食事をする。そして自分の1人分の食事を作るのと10人分の食事を作るのに、それほど手間ヒマは変らない。

必要な材料の量も10人分作るとしても、10倍の材料費にはならないのだから、多く作るほど安く上がるということになる。

1人分は自分で食べて、残りの9人分は売ってしまおうという考え方なのだそうだ。

食費という生きているだけで絶対にかかるコストを利益に変えてしまおうという発想らしい。💡

この方法をとると原理的に家賃で破産する以外、事業がつぶれるということがないそうだ。

なぜなら自分が必要な食べ物は全部自分で作っていて、料理が売れなかったら次の日に自分が食べればいいし、服などは安いのがいくらでもネットで買えたり、人からもらえることも可能である。

また複数の事業、例えば先ほどのリサイクルショップと飲食店のような事業を同時にやっているなら、どちらかが家賃破産してもどちらか利益の出ている方を残して、片方は潰すこともできる。

生活のなかで自分のやれること、日常でやっていることを事業化するというのが、ライトに始められる個人事業の鉄則なのだそうだ。

生活の資本化というそうである。

またあなたのガレージにハイエースのような大型ワゴン車を所持しているとする。

必要なとき以外その車をあまり出さないというのならば、その車を引っ越しか何かで使いたい人に有料で貸し出すというのもいい方法である。

このようにすでに持っているものを使ってお金を稼ぐのは、資産の資本化というらしい。

このやり方で起業すれば、事業計画も銀行での資金調達もいらなくなるのだという。

しかし「儲けた金で生活する」という発想とはまったく違うので、ベンチャービジネスで一攫千金のような夢を描いている人にはあてはまらないやり方になる。

あくまでも楽に仕事して食べていけるくらいでいいや、と思う人におすすめなやり方なのかもしれない。

 

みゆさん (p*・ω・)p

 

しょぼい起業で生きていく

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「ブス」の25カ条というのがあるらしい(。・ω・)ノ

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こんにちは、みゆさんです。(*´∀`*)

この世の中には、人間の美醜を表す代表的な形容詞が存在する。

それは「ブス」と「美人」である。

これらの二つは対極の意味合いであり、私たちの多くはその違いは、顔の造形の均等性や整い具合とか、身体のスタイルの良さバランスの良さなどのレベルが高い方を「美人」と考え、低い方を「ブス」と考える傾向がある。

しかし美の定義は時代と共に変化していくものであり、国や民族によってもその捉え方は違ったりする。

先進国の多くの国では、一般的に太っていることを美しいとはあまりいわないけれど、アフリカでは太っている女性が美人とされている国々がいくつもある。

さて、これに関する話で、最近あの容姿端麗な美しい人たちが集まる宝塚歌劇団には、舞台の裏にいつも貼りだしてある「ブスの25箇条」なるものが存在することを知った。

「美人」になることは中々むずかしいけれど、「ブス」になることを回避できることはできるのかもしれない。その内容はどんなものなのだろうか?

以下がその内容である:

笑顔がない

お礼を言わない

おいしいと言わない

目が輝いていない

精気がない

いつも口がへの字の形をしている

自信がない

希望や信念がない

自分がブスであることを知らない

声が小さくいじけている

自分が最も正しいと信じ込んでいる

グチをこぼす

他人をうらむ

責任転嫁がうまい

いつも周囲が悪いと思っている

他人に嫉妬する

他人に尽くさない

他人を信じない

謙虚さがなく傲慢である

人のアドバイスや忠告を受け入れない

何でもないことにきずつく

悲観的に物事を考える

問題意識を持っていない

存在自体が周囲を暗くする

人生においても仕事においても意欲がない

・・・。なるほど、、これは「ブス」だわ、と納得してしまう内容である。

これを見たとき、昔のネガティブ全開だった時代の自分自身が、これらのうちの多くにあてはまっていたことを思い出した。

「ブス」とは顔の美醜ではなく、心の有り様のことなのである。

宝塚歌劇団の人たちは、いつもこの25箇条を心にとめて、こうならないように気をつけていたからこそ、あの美しいオーラのある人格を築き上げているのだとわかった。

「清く、正しく、美しく」がモットーの彼女たちは、心も鍛錬されているということである。

この25箇条を見ると、おおよそネガティブな心や態度はブスだとされているようだ。

自分も常に気をつけて、「ブス」にならないようにしようと思う。

 

みゆさん✿ヾ╲(。◕‿◕。)╱✿

 

乙女の教室

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