みゆねこのブログ

すべての生きにくい人に寄り添うブログ

立派な人をみれば落ち込む、自分はなにもできていない (´・ω・`)

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こんにちは、みゆさんです |ω・)

世の中にはよく働いて、家族を養って、世の中に発信して価値を生み出している立派な人たちがたくさんいる。

そのような人たちは、とにかくよく行動ができる人たちである。😐

人の拒絶とか批判も怖れずに、ひたすらどんどん自分からコミュニティーに入り込んでいける強者たちだ。

そのような立派な人たちの発信によって、私たちはなにかを学べるし、彼らをお手本にして何か自分もやってみようと思ったりする。

しかしどうしても思ったように行動できないし、思ったように人との繋がりも作れない。😰

結局どこかで人を怖れていて、人を信用できていないものだから、結局ひとりのままである。

自分は立派な彼らのような人たちにはなれない。それどころか1ミリも近づくことはできない。そんな風にたびたび絶望して落ち込むことも多々ある。💧

ではそんなときに私たちはなにをすればいいのだろうか?

まずは「ひたすら落ち込む」ことである。そして「自分なんてこんなものなのだ」ということを受け入れることである。

しかしひとつ大切なことは、そんな自分を嫌ったり否定してはならないということだ。

「行動もなにもできない自分」「人との交流が苦手な自分」というものを「そうだね、君はそういう人だよね、いいんだよ、仕方がないね、悲しいね」と自分で自分自身を慰めるしかない。🐹🐰

そして自分自身と相談を始める。「理想とする自分と現実の自分の間のギャップに折り合いをつけなければならないね、どうしようかね」「イヤだと思うことは絶対にやらずに、でも理想とするものにほんの数ミリでも近いことをやりたいね、なにをすればいいいのかね」「しかしどうしても我慢しなければならないことはあるね。生活を支えるための仕事は最低限確保しなければダメだね」。。。。

というように、自分と対話をくり返すしかないように思える。👄

生きているのがつらい。。。。そう思うのはみんなおんなじだろう。

特に他の誰かと自分を比較してしまうと、この世は地獄になってしまう。

人からの承認をいつも求めることも、やはり世界を地獄にすると思う。

まずは自分の視点を自分自身に向けるのではなく、なるべく外に向けるべきなのかもしれない。

極端なことをいうと自分の存在を忘れて、他人や世界に目を向けるべきなのかもしれない。🌍

自分のことはあまり考えずに、しばらくは存在を消して、目の前にあることをより気にして世の中を見てみようと思う。

 

みゆさん (ΦωΦ)

 

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人間の不良品とは (=ω=.)

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こんにちは、みゆさんです |д・´)

ここ最近では、中年層の引きこもりの人が絡んだ殺人事件が連続して起こり、マスメディアを賑わしている。

とあるワイドショーでは、これらの事件に対するコメントで、ダウンタウンの松ちゃんは「人間、不良品も生まれてくることがある」「不良品は不良品同士でやりあってほしい」「不良品を減らすようにしていかなければならない」という旨の発言をし、物議を醸し出している。

それに対して女優の東ちづるさんは、「人間に良品も不良品もない」「”ふつう”も”一般的”も個人の意見だ」という旨の発言をしている。

そもそも人間の不良品って何なんだろう?

不良品って欠陥品とも同義語だと思うが、社会で仕事をしない人のことだろうか?結婚して子供を産み育てない人のことだろうか?

だったら自分も充分な不良品だと思う。

しかしこれからの未来にAIなどの人工知能の技術が飛躍的に発達し、私たち人間が働かなくても生きていけるような世の中になるとしたら、引きこもりの人が人類の大半になる可能性だってある。

そんな時代だったら、引きこもりの人は「不良品」と呼ばれるのだろうか?

昔の貴族がいた時代なんて、貴族は働いておらず毎日遊んでいたという。なぜなら働くことは身分の低い人間がやる卑しいことと考えられていらからだそうだ。

だから無職の人を昔の人は「高等遊民」と呼んでいたらしい。

私たちの人や物ごとに対するジャッジは、その時代の文化や慣習の背景によって大きく左右されるもので、決して不動のものではない。

そもそも「不良品だから排除する、減少させる」という考え方は優生思想そのものであり、危険な匂いがする。

そりゃあ、私も自身のことをこれまでは「欠陥人間」「ポンコツ人間」と自虐的に言ってきたけれど、それを他人から「あなたは不良品である」とはっきりと烙印を押されてしまったら、生きていけないもんね。。。

この日本には、エライ国会議員さんであっても、あの杉田水脈議員のように「LGBTの人たちは生産性がない」というような差別的なことを平気で言ってしまうような思想を持つ人がまだたくさんいるのは事実みたいだ。

人間に対して、「不良品」「良品」という考え方はまったく個人的なものであり、その人によって違うもので、私たちは人口の比率の高い方を「良品」と見なす傾向があり、少数のマイノリティーを「不良品」と見なす傾向があるようだ。

現在は高齢の未婚者は、世の中になんとなく差別はありながらも、ちゃんと社会の一員として扱われているけれども、昔では「行かず後家」と呼ばれてあからさまな差別を受け、ひどい時は家の中の屋根裏部屋とか座敷牢に閉じ込められていた、という話も聞いたことがある。

なぜなら昔は人はみんな結婚して子供を産み家庭を持つのがあたりまえだったけれど、現代は年齢を重ねても未婚者の人がたくさんいるからである。

もしこのまま生涯未婚のままの人が、人口の半数くらいになってきたら、まちがいなく「不良品」とは考えられなくなるだろう。

とにかく人間のことを簡単に「不良品」などというなんて差別以外のなにものでもないし、決していうべき言葉じゃないだろう。

 

みゆさん (。-ω-)ノ

 

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「やらさらている感」は持たない、自分で人生をコントロールできている実感∧( 'Θ' )∧

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こんばんは、みゆさんです ٩( ᐛ )و

私たちは時々何かを「やらされている」と思うことがある。😒

つまらない仕事をやらされている。😩

イヤな仕事をやらされている。😩

面倒くさいことをやらされている。😩

これって私たちが自分たちの行動が自分以外のなにかにコントロールされてしまっているという意識を持っている現れであると思う。

私自身も仕事に行くたびにしょっ中好きではないことを「やらされている」という感覚を持ってしまうことがある。

しかし、そこの会社に応募したのは自分である。そして研修期間でもそのあとでもいつでも辞めることはできたはずだし、今だってやめようと思えばいつでもやめることはできるはずだ。

会社がやめさせてくれない、というのは実は違法であり、法律で労働者は守られているはずである。

私たちは自分の人生の船の舵は自分自身で本当はとることができる。🛳

しかしそれは意外と大変なことであり、エネルギーを要することであるから、他人や環境のせいにして、現状にとどまることを選びがちなのである。

自分で自分の行動の責任を取るのがイヤだから、自分の不満や不幸の原因を自分の外側にあると思い込むようにする。

イヤな仕事はどうしたらやらないように出来るか、どうしたらその仕事をイヤだと思わずに出来るようになるか、能動的に自分に合わせるように動くことができるなら、それは自分で自身の行動をコントロールしていることになる。

今ある状況は、自分の選択によってなり得たものであり、絶対に回避できないものではなかった。

自分のゴールから見て、今の自分は正しい方に向かっているのか?その達成に少しでも役立っていることをしているのだろうか?

もし答えがYESならば、そのまま進んでいっても平気だろう。

しかし答えがNOならば、今一度自分の立つ現在位置を確認して、方向転換する必要があるかもしれない。

他人の評価や反応は一切関係がないし、聞く必要もない。

「やらされている」と感じていることをイヤイヤ続けることの心身への害悪については、経験があるので嫌という程わかる。🙀

うつになることはまず間違いない。🤢

だから「やらされている」と少しでも感じることに対しては、そのままにしておかず、何かしらの介入を入れて変化させるなり、そこから離れるなりして、自主的に状況を動かすことを試みようと思う。

 

みゆさん _φ( ̄ー ̄ )

 

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中国系の人の語学のセンス ٩( ‘ω’ )و

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こんにちは、みゆさんです ( ・⊝・ )

現在とある観光名所で販売の仕事をしているのだが、とにかくインバウンドの海外からの観光客がとても多い。

毎回いろんな国からのお客様が店を訪れる。🌏

そしてなんといっても1番たくさんいらっしゃるのが、中国、香港、台湾、中華系のマレーシア、シンガポール、中華系のカナダ、オーストラリア、アメリカ国籍のお客様たちだ。

とにかく全体的に中華系の人たちが多い。🍜

いかにこの人たちが世界の人口の多くを占めているのか、この仕事をしていると実感する。

そしてこれらの国々のお客様たちを接客している際に気づくのが、彼らの外国語の習得の能力の高さである。

 まず香港、マレーシア、シンガポールの方々、そしてカナダ、オーストラリア、アメリカなどの英語圏の国籍の中華系の方々は、年齢関係なく殆どの人が英語を問題なく話せる。

そして彼らの中には母国語に限りなく違いレベルで英語を話せる人も少なくない。特に若い世代の人たちにはその傾向があり、年配の方であっても流暢に話せる人が多いのが特徴である。

英語圏に暮らしている人はそうだと思うが、香港は長い間イギリスの統治下にあったため、英語が公用語だった名残があるからだろう。

そしてマレーシアやシンガポール公用語に英語があるし、マレーシアでは「マングリッシュ」、シンガポールでは「シングリッシュ」という言葉があるくらい、英語を独自で使いこなして発展させているそうである。

また台湾の人でも、若い世代の多くは英語を日常会話レベルで上手に使いこなせている人が結構たくさんいる。ただ少し年配の方々になると英語はあまりお話されないことが多々ある。台湾は国としての規模が小さいため、経済において内需だけではやっていけないため対外交易が重要となるから、英語教育に力を入れているのだという。

中国の人たちは、他の国々に比べると、英語を流暢に話す人は多くないという印象を受ける。

特に年配の方々になると、ほぼ中国語オンリーであり、英語はまったく通じない。

しかしそれでも、若い世代の人たちは最低限の日常的な会話や聞き取りは出来ているように思う。中にはとても流暢に話せる人もいて、その人たちは都市部の出身の人が多いようである。

どうやら中国では高校の3年間に英語の教育がされるといい、たったそれだけの期間の勉強でも、日常会話程度にはしっかりと出来るようになるというのはスゴイなと思った。日本人とは大違いである。😓

また英語だけではなく、中国系の人たちには日本語が話せる人もけっこういて、時折感銘を受けることがある。😲

かなり上手に話せる人には、日本に住んでいるのか質問したりするけれど、大抵の場合彼らは自国でお勉強をしているだけだというから驚きである。

また私の職場の営業の社員さんの中には中国の人たちがいるけれども、みんな日本語はものすごく流暢だし、英語も結構話せる。しかしきいてみると、彼らは日本に住んでまだ4,5年くらいなのだという。

恐るべき語学センスである。😲😵

確かに中国語(北京語・広東語)を母国語として話せる人は、外国語の習得が早いというのは聞いたことがあったが、やはり実際そうなんだと思う。

逆に日本人が中国語をマスターしようとしたり、英語圏の人が中国語をマスターしようとしても、きっともっと時間がかかるような気がする。

いつも興味深いなと思っていることだ。

 

みゆさん (^・∀・^)

 

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幸せになりたいなら感謝すること (・∀・)

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こんばんは、みゆさんです ٩(๑❛ᴗ❛๑)۶

私たちはよく「今しあわせですか?」という質問をされたとき、はっきりと「しあわせです」と言い切ることが少なくて、ときには「全然しあわせじゃない、不幸です」と言ってしまうこともある。

そんなときはなぜ自分が不幸だと思ってしまうのだろうか?幸せと感じることができないのだろうか?

よく美輪明宏さんが言っていることですが、しあわせになりたければ、あらゆることに感謝をすればいい、ということである。

それは「見ることができる、聞くことができる、話すことができる、食べることができる、味がわかる、匂いがわかる、歩くことができる、走ることができる、小便ができる、大便ができる、、、」

など、私たちが毎日あたりまえにできると思っていることができない人たちが世の中にはたくさんいる。

自分の愛する人たちの顔を見れない、声を聞けない、気持ちを伝えることができない、という人たちにしてみたら、それらをあたりまえのようにできる人たちはどんなにしあわせかと思うだろう。

私たちが自分たちを不幸せだと思ってしまうのは、感謝が足りないということなのだ。

とりあえず、なんだかんだいっても、働く仕事があるし、お金を自分で稼ぐことができる。

自分の現状に不平不満をいう前に、とりあえず自分がいろんなことが自分でできているという現実に感謝しようと思う。

とりあえず今のところ、身体的になに不自由なく、病気もしないで健康に生きられていることは、どう考えてもラッキーでしあわせなことなのかもしれない。

その現実にとても感謝している。

みゆさん  (=゚ω゚)ノ

 

 

花言葉

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すべては自分の価値観のもとに行動するd( ̄  ̄)

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こんばんは、みゆさんです (๑˃̵ᴗ˂̵)

周りの人たちみんながこれをやっているから、周りの人がこう言っているから、周りの人がこれを使っているから、周りの人がこれを着ているから、自分もそうする。

あなたはそんな考え方で生きているだろうか?

自分はほんとうは心の底ではこう思っているけれど、世間がこうだからそっちに合わせて生きるということである。

しかし、真に自分にとって一番よくて幸せに生きるためには、自分自身の価値観に従うことだという。

結局これが一番正しくて、後悔のない生き方になると思う。

ただ、そうやって自分はこれがいいと思う生き方を貫こうとすると、世間からの逆風にさらされて、変わり者とかはみ出し者といわれ、批判されたりもして、ツライ思いをすることも出てくる。

それは周りの人間たちの、自由に自分の心のままに生きている人に対する嫉妬であり、自分たちがそのように生きられないものだから、そのストレスと怒りをその人たちに批判や侮辱という形でぶつけているということである。😩

それぞれの人間は誰一人として同じではなく、違う存在であり、だからこそ一人一人の幸せの形もすべて違くて、人の数だけあるということだ。

それゆえに自分にとって一番よいことは、自分自身にしかわからない。😕

自分の価値観に従って生きるのが一番正しいというのは真実であると思う。

「人はこう生きなければならない」という世間の常識に対して抵抗がある人は、じつは世の中に多い。

他人からどうみられるか気にしてばかりの人は、その一般的な常識からはみ出すことが恐ろしくてたまらない。

しかしそんなの不自由でしかないし、ほんとうに幸せな人生とはいえない。

自分はなにが好きでなにが嫌いで、なにが自分にとって快でなにが不快なのか、常に心の声に耳をすませながら判断する。👂🏻

周りの声には一切振り回されない。

自分はこれが好きなんだ、自分はこうしたいんだ、という道をひたすら進むのが多分一番正しい。

そしてそれはとても自由なん生き方なんだと思う。

みゆさん (`・∀・´)

 

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

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今ある目の前のやるべきことをとりあえずやる ( ・⊝・∞)

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こんにちは、みゆさんです ヾ(o´∀`o)ノ

「これから先の人生どうすればいいんだろう。。」とか「なんの仕事をほんとうはやりたいのかわからない」とか、考えても考えても答えが出てこないことはよくある。

そしていくら考えても何もいい考えが思いつかないと、様々なことにたいしてやる気が失せたり、気力がなくてだるくなったり、抑うつ的になったりと、自己否定感のクセがまた出てきて、どうしようもない自分に逆戻りしてしまう。

しかしそのような時に、自分の身の回り、机の上、部屋の中をよく見てみる。

最近選択を怠っていた布団や枕のカバーやシーツ、洋服などはないだろうか?

部屋の中でホコリをかぶった所はないだろうか?

机の上もいらない紙とか、古くなった書類とかいろんなモノでゴチャゴチャしていないだろうか?

買い物した袋を開封せずにそのまま置きっ放しになっているモノはないだろうか?

冷蔵庫や棚の中に賞味期限が切れてだいぶ経っている食品はないだろうか?

冬物のコートとかスーツなどクリーニングに出さなきゃいけないものはあるだろうか?

防災具の買い置きなどはちゃんとあるだろうか?

他にも日常生活の中で忘れていることってないだろうか?

私たちは現在よりもっといい生活とか幸せとか理想とか追い求めてしまい、それについて思いを巡らせて悶々としてしまいがちだけれど、基本的には毎日を無事に衣食住をしっかりさせて生きていかなければならない。

そのためには目の前にある生活のための最低限のやるべきことを1つ1つやることが大切である。

何日も掃除をしていない部屋とかあったら、そこをまず掃除してみる。

使わないいらないものがあったら捨てて収納スペースを確保させる。

部屋のカーテンやエアコンのフィルターなどはホコリが着きやすく、アレルギーやぜんそくの原因になりやすいから、しばらくやってないなら洗濯・掃除をしてみる。

とりあえず、自分の身の回りのことがちゃんと出来ればOKなんじゃないかと最近は思うようになった。

もしうつ状態がひどくて、本当に何もやる気になれないのなら、それは何もしなくてもいい。その場合はするべきことはぐっすりと眠ることだと思う。

ただちょっとだるいとか憂鬱な気分くらいなら、まずは自分の日頃持ち歩いているカバンの中やお財布の中の整理をするといいだろう。

いらないレシートやゴミとかポイントカードとか期限切れの割引券とか、色々と捨てるものも出てくるから、それを処分するだけでもけっこうスッキリするものだ。

頭の中がゴチャゴチャしてモヤモヤしている人は、ぜひ辺りを見回してやれることをやってみるといいかもしれない。

 

みゆさん (。☌ᴗ☌。) 

武田邦彦の科学的人生論 『武田先生、ホンマでっか! ?』

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