みゆねこのブログ

すべての生きにくい人に寄り添うブログ

もしあの時、○○だったら。。。という考えは意味ない(๑•́ ₃ •̀๑)

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こんにちは、みゆさんです ╭(๑•̀ㅂ•́)و

「もしあの時ああしていたら。。。」

「もしあの時あっちの選択をしていたならば。。。」😩

など、人は過去にやらなかったこと、やってしまったことに対して後悔し、その時もっとこうしていれば別の未来があったのではないかと言うことがよくある。🍋

しかし、この”もしあの時〇〇だったら、今頃〇〇だったのに。。”と考えることはとても無意味なことである。🍇

高校時代に遊ばずにバイトなんてやらずに、予備校に行ってもっと一生懸命勉強しておけば、その後は大学にも入れて、いい仕事にも就けて、今ごろもっと生活レベルの高い楽な生活が出来ていたかもしれない。。。とか。💧

あの時あの人と結婚していれば、今ごろ2人子供がいて、孤独ではない幸せな家庭を築き上げていただろうに。。。とか。💨

人がよく言いがちな過去を後悔する言葉である。🦇

けれども、あの時〇〇をしないで〇〇していた自分や、その反対も存在しないのである。🦑

あの時、学生時代に勉強もせずにバイトに精を出し遊びまくるという選択をしていた自分こそが自分であるし、それ以外の選択をしていた自分などあり得ない。あるとしたらそれは全くの別人である。

あの時、あの人と別れて結婚せずに違う道に進むという選択をした自分こそが自分であって、それ以外はあり得ない。🦄

人は人生の中で一瞬一瞬何かを選び取りながら行動し生きてゆく。

その時その時の自分の価値観、願望、思考力、想像力、信念などに基づいて、その都度自分なりのベストの選択をしながら人生を進んでゆくのである。🛤

だからあの時〇〇することを選択したのは、善悪の判断なしに、自分にとってのベストの選択であり、それが「自分」なのである。

つまり”あの時別の〇〇をしていた自分”というのは「自分」ではないのである。

先ほどの例だと、仮に高校時代に何かのきっかけで勉強を一生懸命することに目覚めて予備校に行ったとしても、大学に入れたかどうかはわからない。

それはその当時の自分の設定していた将来の目標、ゴールの達成のために、大学卒業が必要であったのか疑問だからである。目標自体を持っていなかった可能性もある。ゴールの設定が明確でなければ大きなことは達成出来ないものだ。🦋

もうひとつの別れて結婚しなかった恋人の話もそうだ。

その当時自分に将来に結婚して幸せな家庭を築き上げるという未来のヴィジョンが果たしてあったのだろうか?そうでなければ地に足の付いた選択は出来なかっただろう。

人生に「もしも」など存在しない。🦄🐉

あるとしたらそれはヴァーチャルな空想の世界であり、夢物語である。

だから過去を悔やんでクヨクヨするのは意味のないことなのである。

人にとって唯一確実なのは「いま」である。✨

「いま」こそが唯一の現実であり、私たちが働きかけることが出来ることである。

そして常にこちらに流れてくる未来をキャッチするために、より良い動きをするのである。🎣

過去という時間はとっくの昔に流れて行ってしまい、もう後ろ姿も見えない。👀

それだから過去の記憶は歪められやすいし、不確かであるし、睡眠時に見た夢と混同して記憶している場合もある。🛌

もう一度言う、人生の中に「もしも」は存在しない。

考えるべきなのは「いま、ここ」についてだけなのである。⌛

 

 みゆさん (´,,•ω•,,`)

 

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