みゆねこのブログ

すべての生きにくい人に寄り添うブログ

人の言葉でキズつきやすい人(;´ェ`)

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こんにちは、みゆさんです |_・)

人のちょっとした言葉で傷ついてしまうことがある。💔

その人が悪気があろうがなかろうが、その言葉を言われたことによって、ショックを受けたり、悲しくなったり、時には怒りを覚えたりするわけだが、1番強い感情は「恥ずかしい」という感情ではないだろうか?

人から言われた言葉で傷つくときは、大体は自分でも頭のどこかでわかっていることが多い。例えば誰かに、「気が利かないよね、もっと周りを見て気を配って!」とか、「〇〇ちゃん、笑顔がない、いつもブスッとしてると冴えないよ」など言われたとして、それがいつも何となく心のどこかで分っていて、それでも敢えてそれに向き合おうとしてこなかったことに対して、人にそこをはっきりと指摘されてしまうとグサッと心に刺さってしまうのだ。💘

心のどこかでそんな自分を良いとは思っていなかったし、それでも目を反らし続けてきたことをズバッと言われてしまうと、何とも言えない恥の感情が溢れ出し、動揺し、心拍数が上がり、顔が紅潮し、もうその場から立ち去りたくなってしまう気持ちに襲われる。

 このように自分が弱点や欠点だと薄々わかっていることを、他人によって白昼の元に晒されてしまうことに傷ついてしまうが、他にも自分が良かれと思い、人がきっと喜ぶだろうと思い行った言動で、相手に無視されたり、冷たくばっさり批判されたり、馬鹿にされたりすると、誰でもきっと相当落ち込むし、本当に自分は恥ずかし存在だと思い消えてしまいたいと思うこともあるだろう。👻

しかし人によっては、他人の言動によってまったく傷つかないタフな心の人もいる。

何を言われたってへっちゃら。傷つくことなどなく、自分のやりたいことをどんどんやって行けるという、羨ましいタイプがいる。

同じ人間でもその違いとは何なのだろうか?🤷🏻

私たちのようなちょっとしたことで傷つきやすいタイプの人は、「人によく思われたい」「人に褒められたい」という欲求が強いという。

つまり他人の自分に対する評価に大きく依存しているいうことで、自立心に乏しく、はっきり言ってしまうと、心がまだ幼く未熟であるということである。🐣

だから他人にちょっと何か言われただけで、落ち込んで、それをいつまでも引きずり、酷いときは心が病んでしまったりするのである。

しかし、自分だって反対に、誰かを意識せずに言葉で傷つけているかもしれない。

人それぞれ個々に、コミュニケーションの仕方は違う。

それは人それぞれが違った性格や考え方を持ち、思ったことはストレートにズバッと口に出して言うことが正しいことだと思う人もいれば、なるべくオブラートに包んで間接的に相手を傷つけないように話すことが正しいと思う人もいる。⚖

元々声量があってハキハキとした話し方をする人は、どんなことを言っても人に圧力を与えているように思われてしまいがちだし、きつく叱られたと思われてしまいがちである。

共通して言えるのは、多くは人を傷つけようと思っているわけではなく、悪気がなく言っている場合が殆どである。そして相手がそんなに傷ついていたなんて想像も出来ないのである。

では私たちのような傷つきやすいガラスのハートの持ち主はどうすればいいのだろうか?💔

まずはとにかく感情的にならないことである。

傷つきやすい人は、人に何かを言われると反射的にショックを受けたり傷ついたりするという自動思考が出来上がってしまっている。

しかしすべての言葉が自分を傷つけるような言葉なのだろうか?

そして自分自身もそれほど傷つく必要があるのだろうか?🤔

人間は感情的になる度に余計傷つきやすくなってしまうという。

だから感情的になる前に、冷静に聞いた言葉を自分とは切り離した、ただの”文章”として受け止め、その意味を冷静に客観的に分析するのである。

そうすると、実は他人のその言葉は、自分を責めたり傷つけたりすることを意味しているわけではないんだな、と止観して気づくことが出来るという。

また他人から耳の痛いことを言われたとしても、それはむしろ感謝するべきことかもしれない。👂

私は「笑顔がない」と職場で言われ、とても気にしていたけれど、それを改善するために、無理にでも笑顔を作るように努めていたら、そのうち自然と笑顔になれるようになり、心まで穏やかな気持ちになるようになった。😃

他人が指摘してくれることは、時にはただの批判であることもあるかもしれないが、愛であることもあるのではないだろうか?

その人の指摘がなければ、自分はいつまでも放置されたままで、成長出来ないままである。

人に何か言われるということは決して悪いことではない。

「愛の反対は無関心」だと言う。

つまり人から何も言われないということは、人から関心を持たれていない、無視されている、存在がないものと思われている、ということである。

だから何か嫌なことでも人から言われているうちが華であるということだ。

人からのキツい一言や嫌みや批判なども、人生の中で大事な気づきになることがある。

そう思っていれば、それほど気にならなくなるのではないだろうか。

人からの形の違う「愛」であり、少なくとも関心を持たれているということなのだ。

 

みゆさん ヾ(。>﹏<。)ノ゙

 

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