みゆねこのブログ

すべての生きにくい人に寄り添うブログ

直感したことは人に話さない|_・)

f:id:miyunekoclub:20180927084249p:plain

こんにちは、みゆさんです |_・)

最近は直感の話ばかり書いていますが、今日もその話です。

なぜなら平和に安全になるべく生きて行くためには直感は不可欠だからです。

まだ文明がそれほど発達していなかった昔の時代の人は、直感をフルに活用して生活していたという。💥

江戸時代の旅などは、今の時代とは比べものにならないほど危険に満ちていた。

日本には今よりもずーっと山がまだ沢山あった時代、人々は山中を旅することが多かった。自然が豊かだった分、様々な野生動物がいて、狼や野犬や熊なども多くうろついていたし、夜盗や強盗なども沢山いた。そんな中を人々は人気のない道を歩かなければならなかったというから、いつでも生命の危機に直結する可能性があったのである。

道中に分かれ道があったとき、右に行くか左に行くかの選択が生死を分けることだってあった。どちらの道に行くか迷ったとき、人々は己の直感の声に耳を澄まして聞くしかなかったのである。

また道中で出会った人に対しても、その人物が善人なのか危害を及ぼす悪人なのかを見極めるために、直感をフルに活用して判断していたという。👀

文明の発達した現代社会であっても、生活する中で危険は沢山あるし、危険を察知する以外でも、普通に人生を送る中で、常に私たちは何かの選択をしながら生き進んでゆかなければならないから、直感はやっぱりとても重要である。👆🏿👆

しかし、直感の声を言葉として捉えたことがあるという人はどれだけいるのだろうか?

実は直感には言葉がないことが殆どで、言葉として聞こえるのは直感ではないと思った方がいい。🙄

先ほどの江戸時代の人々の直感も、「なぜだかわからないけど、そっちに行ってはいけない気がした」、「なぜかわからないけれど、その人が信用出来なかった」という状態であり、決して言葉で明確に理由付けなど出来なかったに違いない。

そう、この「なぜだかわからない」「なぜ起こったのかわからない」というのが直感の正体であり、言語化して説明を加えてはならないものなのである。

だから何か直感したとしても、それが何かわからない状態に留めておき、出来れば誰にも言わない方がいいだろう。🙅🏻‍♀️

誰かに直感の内容を言おうとすることは、言語化することであり、それによって論理的になり、理由付けをするようになるから、その内容が辻つまが合わないと思ってしまうと、せっかくの直感が正しいのか疑念を持ち始めるだろうし、また他人に言うことによって、他人の主観が入るから、彼らの意見に流されて、自分の直感を否定してしまうことになりかねないからである。😨

直感とは霊感に近いものであり、第六感であるのだから、言語化して説明する必要はないもので、敢えてぼやかしておいた方がいいのである。

直感したことの話はしない方がいいということである。👆🏽

しかし後日談として、こんなことがあって、こんなことが頭に浮かんで、危険を切り抜けることが出来た、というようなネタ話として話すのはいいと思う。

実際に直感が必要になる場面では、黙っていた方が良く直感が働くのである。

 

みゆさん |_・)

 

理論と直感で危険なサインを見抜く (「総合診療医メンターブックス」シリーズ1)

理論と直感で危険なサインを見抜く (「総合診療医メンターブックス」シリーズ1)

 

 Amazon.co.jpアソシエイト