みゆねこのブログ

すべての生きにくい人に寄り添うブログ

他人の承認は必要ない (;´ェ`)

f:id:miyunekoclub:20181128224417j:plain

こんにちは、みゆさんです |_・)

私たちの多くは他人からの承認をいつも欲している。💮💯

他人に認めてもらいたい、褒めてもらいたい、といつもなんとなく思っている。

私もツイッターでのつぶやきは、その時の気分で自分の言いたいことを言葉にするという目的もあるけれど、それプラス「いいね」がもらえたらいいな、と内心思いながら書いていることが多い。

これも承認欲求であり、自分は隠れ「承認欲求モンスター」であると認識している。

そう、人からの承認というのはうれしいものである。💓

だがしかし、本当は人は他者からの承認を得る必要なんてない、むしろ求めてはいけないのだという。

私たちは「他者の期待を満たすために生きているのではない」。

「自分が自分のために自分の人生を生きていないのであれば、いったい誰が自分のために生きてくれるだろうか」というユダヤ教の教えがあるそうだ。🕍

私たちはそれぞれ自分だけの人生を生きている。

誰のために生きているかといったら、自分のためである。

究極的には「わたし」のことを考えて生きているのである。

これは聞くと自己中心的で卑劣に聞こえるかもしれない。

ニヒリズム虚無主義)というふうにも捉えられるかもしれない。

しかし本当は逆で、他者からの承認を求め、他者からの評価ばかり気にしていると、最終的には他者の人生を生きることになる。

承認されることを願うあまり、他者が「こんな人であってほしい」という期待に沿って生きていくから、結果として本当の自分を捨て、他者の人生を生きることになる。

実際は他者のために生きるというのはとても苦しいことであると、私たちは知るべきである。

なぜなら、いつも他者の視線を気にして、他者からの評価に怯え、本当の「わたし」を押さえつけながら生きなければいけないからだ。😪

私たち人はそれぞれまったく違う生き物であるし、それぞれがまったく違う課題を抱えて生きている。

大事なのは自分の抱える課題を乗り越えていくことであり、そこに他者は関係ない。

自分は自分自身を最高のより所にして、仕事も人間関係もやっていくべきなのだと思う。

そうはいっても、他者から褒められたり必要とされたりすることはやっぱり嬉しいし、求めてしまうことを止めるのは、ちょっとやそっとの努力ではできないだろうけど、他者軸に傾いてしまいそうな自分を、その都度、自分軸に軌道修正しながら生きていくしかないんだと思う。

まずは自分が自分のために生きることが、最終的には他の人びとの幸せのためになるのだということを、いつも心にとめておこうと思う。

 

みゆさん (๑•́ ₃ •̀๑)

 

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

 

 

 

幸せになる勇気――自己啓発の源流「アドラー」の教えII

幸せになる勇気――自己啓発の源流「アドラー」の教えII

 

 Amazon.co.jp アソシエイト