みゆねこのブログ

すべての生きにくい人に寄り添うブログ

自己肯定より自己受容 (*´・∀・)

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こんにちは、みゆさんです ٩(๑•̀ω•́๑)۶

みなさんは自己否定をよくする方でしょうか?

生きにくい人はたいてい自己否定をしながら生きています。👎

それか一方は真逆で、自己肯定しすぎて、結果的に生きづらくしている人もいるようです。

自己肯定とは、ポジティブになって自分に自信を持ち、何ごとも前向きに考えることだというニュアンスで捉えている人がけっこういるようですが、この考えだと無理に自分に圧力をかけてポジティブシンキングにさせているみたいで、自然とはいえないと思う。

ちょっとスピリチュアルっぽい言い方になってしまうけれど、私たちは魂の容れ物のようなもので、その容れ物は誰かと取り替えることも出来ないし、捨てることもできない。

だからこの世ので生きてゆくために、私たちは「与えられたものをどう使うか?」という考え方をしなければならない。👼🏼

そうなると、例え自分がどんな境遇、環境に生まれたとしても、それを丸ごと受け入れる、「自己受容」が大切になってくる。

「自己肯定」と「自己受容」には明確な違いがある。👆🏼

自己肯定とはできもしないのに「わたしはできる」「わたしは強い」と自らに暗示をかけることである。これは優越コンプレックスに結びつく発想であり、自分に嘘をつく生き方である。

反対に自己受容とは、仮にできないのだとしたら、その「できない自分」をありのままに受け入れ、できるようになるべく前に進んでいくことである。

わかりやすい例えだと、テストで60点を取ったとして、そんな自分に「今回はたまたま運が悪かっただけだ、本当の自分は100点を取れるんだ」と言い聞かせるのが自己肯定で、60点しか取れなかった自分をそのまま受け入れて、100点に近づけるにはどうしたらいいか、と考えるのが自己受容である。

つまり60点の自分を悲観するなということだという。😐

すべての物事を自分の納得できる100点満点でできる人などいるわけがない。

「肯定的なあきらめ」という言葉で言い換えるといいかもしれない。

それは「変えられるもの」と「変えられないもの」を見極めるということである。

私たちは「何が与えられているか」については変えることが出来ません。しかし「与えられているものをどう使うか」については自分の力で変えていくことが出来ます。

交換不能なものをまず受け入れること。「ありのままのわたし」をまず受け入れること。

そして変えられるものについては、変えていこうとする勇気をもつことが「自己受容」なのである。

私たちの手持ちのカードは限られている。♠♥♣♦

それらの札をどうやって効果的に使っていけるかで、いい人生を歩めるかどうか決まってゆくのでしょう。

 

みゆさん  (*´∀`*)

 

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