みゆねこのブログ

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迷信的思考、錯覚、思い込み ( ꒪⌓꒪)

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こんにちは、みゆさんです。ヾ(。>﹏<。)ノ゙

この画像、みなさんは動いているように見えますか?

実はこれはただの静止画で、模様のパターンが描いてあるだけです。

それなのに画像がうねうねと動いているように見えるのは、錯視といって、私たちの脳が放射状に描かれた円を見て、動いていると勝手に判断している錯覚が起きているからである。👀

私たちの脳は簡単に錯覚してしまうのです。

このような視覚的な錯覚だけではなく、物事にたいする思考についても、思い込みや錯覚が多いです。

私たちは「〇〇さんは私の運命の人で、ソウルメイトだから、会いたいと思っている時には、必ずどこかでバッタリ会う」とか「私が手伝いをすると、お小遣いをもらえる」といったような数々の思い込みをすることがある。

しかし、これらの事象は正しいデータを取って思っていることではない。

実際には無関係な出来事の間に関連性を感じ取ってしまったり、もしくは弱い関連性しかないのに、強い関連があるかのように思い込んでしまう。

このような錯覚のことを錯誤相関、または幻相関と呼ぶらしく、私たちの日常に数多く発生しているという。

この錯誤相関が生み出す、有名な迷信的思考として「雨乞い」がある。🌧

「雨乞いをすると雨が降る」という信念は、世界中の農業文明の至るところにあるが、これがなぜ宗教的に儀式化されるほど信じられているかというと、ほんとうに「雨乞いをしたら雨が降った」という経験を皆がしているからである。

実際にもし雨乞いの有効性を科学的に確認したければ、実験をするべきである。

まず十分な日数を実験期間として確保し、1日1回サイコロをふって、その偶数奇数によってその日に雨乞いをするかどうか決定する。これを期間中くり返して降雨を記録すれば、A:雨乞いあり、降雨あり B:雨乞いあり、降雨なし C:雨乞いなし、降雨あり D:雨乞いなし、降雨なし、の4種類のデータが得られる。

その上で4つのそれぞれのデータの日数を調べ計算すれば、有効性は比較的正しく判断されるはずである。

しかし私たちは日常生活の中でこのような実験を行い、いちいちデータを出すなんてことは出来ない。

たとえ十分なデータを得たとしても、私たちの脳はすべてを公平に見るようには働かない。

私たちはどうしても、「雨乞いをしたら、雨が降った」というAのケースに注意を向けてしまい、その他のケースは日常的な出来事であるがゆえ、注意を向けない傾向がある。

その結果私たちの日常経験には、雨乞いをしたら雨が降ったという、印象的な事例のみが強く記銘、記憶され、その記憶にもとづいて不適切な効果判断がされてしまうということである。😑

この理論は私たちの周りにもよくいる「雨男」や「雨女」にもあてはまる。

彼らが行く所行く所の先々で、常に雨が降るというわけではない。雨が降らない時だってあるのに、それは忘れ去られ、雨が降ったという事実だけ記憶に強く残すのである。

私個人の場合だと、気に入った人ができると、その人をソウルメイトだと思い込みたくなる。😍

そしてその”ソウルメイト”は、私が着ている服と同じ服をいつも着てくる。またその”ソウルメイト”の体調のリズムと私の体調のリズムは同じで、私が元気がなくて鬱っぽいときは、その人も元気がなくて暗い。私が風邪気味だと相手も風邪気味であることが多い。私がハッピーで明るいと、相手もハッピーで元気で明るい。。。。

これらは完全な錯誤相関、幻相関、迷信的思考の典型である。😵

その”ソウルメイト”の着てる服と、わたしの着てる服の色が被らない日だってよくあるし、お互いに体調や精神的な気分が同じだなんてまったく根拠がないし、要は私がその人のことをソウルメイトだと思い込みたいから、都合のいい情報だけ強く記憶して残しているだけなのである。

私たちの錯誤相関は時として、人種差別や偏見などの社会的問題を深刻化させことも多い。

どんな集団であれ少数派(マイノリティー)が何か問題や犯罪を犯すと、多数派(マジョリティー)より印象が強く残りやすく、そのために黒人の人や、LGBTの人や、未成年などが何か問題を起こしたり、犯罪を犯したりすると、「黒人の犯罪者率は高い」とか「最近の少年はキレやすく残忍な犯罪を犯す」などの誤ったレッテル貼りを世間はしてしまう。

ちゃんと正確にデータをとれば、多数派の他の人種と黒人の犯罪率の高さに差異は見られないし、昔の少年と今の少年の残忍な犯罪率も差異がないということがわかるにもかかわらずだ。😥

私たちの脳は、どうもめんどうくさがりのようで、認知機能の働きの負担を軽減させるために、このような錯覚を起こすみたいである。

これは「確証バイアス」と呼ばれ、人が現在持っている信念、理論、仮説を支持し、確証する情報を求め、反証となる証拠の収集を避ける基本的傾向である。

たとえば、「よく当たる占い師いるんだってね」という話に対して「どのくらい当たるの?」と聞く人はいても、「どのくらい外れるの?」と聞く人はいない。

最初から反証情報は利用しないという体なのである。

確証バイアスが大きく出るのが、日本人の間に根強く残る「血液型性格判断」への信仰である。

私自身はほとんど信じていないが、まだA型、O型、B型、AB型の血液型によって性格がそれぞれちがうと考えている人が日本には沢山いるようだ。

はっきり言って血液型による性格判断はとても曖昧だし、A型の人すべてが几帳面で神経質なわけではないし、O型の人すべてが大らかなわけではないし、B型の人すべてがマイペースで個性的なわけではないし、AB型の人すべてが頭がいいわけではない。

しかし信じたい人は、この性格判断が当たっていると確証する証拠ばかりを集め注目し、反証する当たっていない情報は無視するわけだから、その人たちの中ではこの判断は正確であるということになり、ますます信仰が強くなるというわけである。

私たちが自分の脳の認知機能に抗うことはむずかしいかもしれないけれど、どんな事象であっても、必ず私たちの信じる事象とは真逆の反証する事象があるんだよ、ということを知っておくことは大切だと思う。

 

みゆさん ٩(๑´0`๑)۶

 

 

 

できない脳ほど自信過剰

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