みゆねこのブログ

すべての生きにくい人に寄り添うブログ

あえてノットノーマルに生きる(*´・∀・)

f:id:miyunekoclub:20190125084150j:plain

こんにちは、みゆさんです。٩(๑´0`๑)۶

さて、あなたはノーマルな人間だろうか?それともノット・ノーマル(ノーマルじゃない)人間だろうか?

そんなこと聞かれても自分ではよくわからない、と思われるかも知れない

世間で普通に生きている人の多くはノーマルな人たちである。

学校を出て、会社勤めをして、結婚をして、家族を養って、日々を規則正しく生きているような人はノーマルな人と考えられる。

じゃあノット・ノーマルな人とはどんな人なのだろう?

一言で言えば「個性的な人」。その他には「変わり者」「変人」「自由人」という表現の仕方もある。🤡

ちなみにアブノーマルとは違う。アブノーマルは変態という意味合いが含まれているから、ノット・ノーマルとは違う。

まずはアート関連、芸術の分野で仕事をしている人にはノット・ノーマルは多いだろう。彼らは自己の考える世界を表現し創造することを仕事にしており、必然的に個性が強く前面に押し出されることになるから、ノーマルな人とはだいぶ違う生き方になる。

また特定の分野の研究をし、突き詰めて学問をしている学者さんもノット・ノーマルだらけだし、起業して個人でイノベーションを起こしている人も完全にノット・ノーマルだ。

ソフトバンクの孫さん、楽天の三木谷さん、ホリエモン、ZOZOの前澤さん、ジョブズビルゲイツザッカーバーグ、苫米地先生。。。

みんな超がつくノット・ノーマルである。

もちろんここに上げた人たちは所謂天才と呼ばれるような人だから、我々一般人とはかけ離れている印象を受ける。

そしてノーマルな人よりも、ノット・ノーマルな人がこの世の中をリードし、引っ張って行く人たちなのだ。

しかし、私らのような一般人、今ノーマルと言われるような人間であっても、ノット・ノーマルになることは出来る。🌟

それは自分の本当にやりたいこと、好きなことをやり、自分自身で世の中に価値を生み出し、自由に生きていくことである。

収入のある仕事である必要はない。ただ好きなことに熱中して没頭してやり続けているうちに、それがいつのまにか価値を生み出し仕事になる。

自分で仕事を生み出して自由に生きることは、世間の常識という名のレールから逸脱することであり、ノーマルから外れることになるから、ノット・ノーマルなのである。

しかし、社会的な地位のすごく高い人たち、例えば、どこかの国の大統領とか大臣とか、大企業のCEOとか、大物クラスの人たちは、このノット・ノーマルな人たちに会うととても喜んでくれるというし、頼もしいと思ってくれるらしい。

真の意味で社会的な地位のある人は、周りの取り巻きの人間がノーマルな人間ばかりいるから、ノーマルな人間には特別に興味を示さないけれど、ノット・ノーマルな人はあまりいないから、そのような人がいると「会いたい」と思うのだそうだ。

ノーマルな人たちは確かに、自分と同じような、世間的に平均的といわれる生き方をしていて、同じようなその時流行のファッションをしていて、似たような生活リズムを刻んで生きている人たちと一緒にいる方が落ち着くし、ホッとするのだと思うけれど、実は自分たちとは違うノット・ノーマルな個性的で自由な人たちに会うと、最初は少し不安な感じはしても、刺激になるし、面白いと思うし、ワクワクした気分になるはずだ。

ノット・ノーマルな人たちは、自分の望む生き方をしており、自分が心からやりたいことに忠実で、それだから世の中に価値を生み出せているわけだから、当然魅力的なのである。容姿や風貌が多少個性的で変人的であっても、それは自由意志の表れなのだ。

ノーマルな人たちの中には、ノット・ノーマルな人に対して「怪しい」と思う人たちも多い。

しかしそのように思ってしまうノーマルな人たちは、世の中の「ノーマルとはこういう生き方である」「ノーマルに生きるのが正しいのである」と洗脳されてしまっている人たちである。

極端な言い方をしてしまうと、人はノット・ノーマルに生きた方が本当は幸せなのである。

自分が心からやりたいこと、望むことを追求し、自分の魂の声に従って生きる。🌷

ノット・ノーマルに生きるとは、自分らしく生きること、真に自由に生きることである。

けれども、私たちはどうしてもノーマルに生きることを強制されるし、そこから逸脱すると世間から白い目で見られるという罰を与えられる。

自分の生きたい道を生きている人は、ノット・ノーマルな人を見ても怪しいとは思わない。自分に自信があるから、他人のことは気にならないのだ。

それに対してずっとノーマル路線で生きることを自分自身に強いてきた人は、ノット・ノーマルな人を否定せざるをえない。そうしないと自分の人生が否定されたような気がしてしまうからだ。

ノット・ノーマルに生きることに対して、もし何か障害があるとしたら、きっとこのようなノーマル信仰の人たちの常識の押しつけと洗脳に違いない。

それでもやっぱりノット・ノーマルに生きることを目指すべきなんだと思う。

 みゆさん ٩(๑•̀ω•́๑)۶ 

40歳から「差がつく」生き方

40歳から「差がつく」生き方

 

 Amazon.co.jp アソシエイト