みゆねこのブログ

すべての生きにくい人に寄り添うブログ

自分の本音と世間体のはざまで ( ̄▽ ̄)

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こんにちは、みゆさんです ♪( ´θ`)ノ

他人の目、世間体、というものは、非常に強力な縛りである。

私たちの気持ちの中には、確固たる「自分がやりたいこと」「自分が目指したいこと」があるのに、エゴの声を使ってその実現に向けた行動を邪魔してくる。

私たちは常に自分の本音と他人の目、世間の目の狭間で葛藤し迷い悩んでいる。

親の目は特に、見えない鎖のように私たちを縛りつけてくる。

いい歳をして結婚もしていない、子供もいない、ちゃんと安定した職につかない。

たとえ自分が今そのような状態にあっても、進むべき道に向かっていて努力をしている途中なら、誰が何と言おうが、どう他人に見られようが、まったく気にすることはないはず。

しかし、それでも私たちは他人からどう思われているのか、世間の目に自分がどう映っているのかを気にしてしまう。

幼い時からの親や学校からの教育の刷り込みはあまりにも強固であり、その洗脳を解くことは容易ではないことがよくわかる。

「今のこのような自分じゃダメなんじゃないか?」「自分が今向かっているのは間違った方向なんじゃないか?」「親はこんな私を恥だと思い、呆れているんじゃないだろうか?」「私は今こんなことをしているべきじゃないんじゃないだろうか?」

しかしどれほど心の奥底に超自我(内在化された抑圧する親などの権威ある人の声)が私たちに囁き、私たちがやりたくないことをさせようとしたり、現実的ではないからと夢や希望を諦めさせたりしようとしてきても、その声は無視しなければならない。

だからぼーっと何もしない時間を作らず、何かしら常にしている方が、変な意識が入り込んで支配する隙を与えないからいいのかもしれない。

自分自身を忙しくさせるほうがいいのだ。

私自身もいつも、「こんな一円にもならないようなことばかりに時間を費やして、こんなことしていていいのだろうか?」と不安と葛藤と罪悪感に襲われることなどしょっちゅうだ。

それでも自分はそれに抗いながら、もがきながら、なんとか生きている毎日だ。

経済的にも不安定な自分が時々怖いし、自分のことが信じられなくなる瞬間も訪れる。

それでも魂が会社員として組織の中で働くことに対して「NO」と言っているのだ。

だからこのまま、ただただこの道を進むしかないのだと思う。

いまだけのことに集中して1日を終えることを目標にして日々生きるしかないね。

 

みゆさん (*'▽'*) 

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

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