みゆねこのブログ

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この世で生きる機能、役割のこと ٩( ‘ω’ )و

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こんにちは、みゆさんです •̀.̫•́✧

先日は、人生は生きるためにただ生きる、という話をしましたが、それにプラス大切なのは、人生には「機能」の視点があるということである。

それは「役割」という意味でもあるようだ。

たとえば自分が卒業した学校は、自分にとってその学校は卒業したという機能であり、学歴という機能になるし、学校側からみたら自分は卒業生という機能をもつことになる。

存在には必ず機能が備わっているのだという。

イエス・キリストが生きているあいだに果たした機能によって生まれたキリスト教は、死後2000年経った今でも、世界の人口の半分の人々に影響を与えている。

もちろん会社だったら、それぞれの仕事に対して1人1人そのための機能になっているということになる。

主婦の人だったら家事をやったり家を守る機能を持ち、お子さんがいれば子供を育てる機能を持つことになる。

人間に限らず、もちろんモノもあらゆる機能を持っている。

コピー機はコピーをする機能、洗濯機は洗濯をする機能、携帯は電話やメールなどをする機能といった感じである。

そうなると、いつもぼうっと家でテレビを観ているだけの人は、テレビの前の壁となんら変らない機能しか果たしていないということにもなる。

これが同じ引きこもっている人でも、ネットで掲示板のスレを立てたり、積極的に書き込みをしているのならば、情報交換によってネット民とのコミュニケーション相手の機能も果たしているし、有益な情報をある人に与える機能も果たしているということになる。

このように機能にはさまざまなものがあり、少なくとも人間は自分の機能をある程度コントロールすることができるのだという。

そして生きている間の機能は死後も続き、消えてなくなることはないのだそうだ。

ただ生きている間にどのような機能を果たせるのかは、その人の生まれ持った能力とか境遇とかも影響するとは思うが、それでも本人の努力でなんとか担える機能もあるようだ。

何をしたらいいのかわからない、自分の機能がみつからないという人は、おそらくヒマすぎるのではないかといわれている。

そんな時は「中性の貴族みたいなものだ」と思えばいいらしい。貴族は荘園の農奴たちが働いてくれるおかげで、働く必要がなく、捕食と種の保存、そして芸術や演劇といった若干の趣味だけで生きていたらしく、それと変らないということである。

親の収入で暮らしているニートの人たちは、昔の農奴が親に代ったみたいなもので、自分は貴族と同じであり、とりあえず親が死ぬまでは貴族として生きられるでしょうし、もし財産を残してくれれば、その後もなんとか貴族として生きながらえることも可能ということである。

それでもやはり生きているうちは、自分がどんな機能を宇宙の中で果たせるのかを考え続けた方がいいし、それによって自分はこの機能が果たせるかもしれない、というものを見つけたほうがやはり意味の深い人生になるだろうと思う。

そしてその自分が果たせる機能はなにかを決めるのは「自分自身」であり、他人から植え付けられた価値観では決してない。

親とか先生とか周りの人間ではなく、テレビなどのメディアでもなく、自分自身の心が自分の価値、この世の機能・役割を決めるのである。

どんなに周りから奇妙だとか変っていると思われても、それが自分自身が見つけた自分の機能ならば、それを信じてそれを行うのが大切だということだろう。

 

みゆさん ( ・⊝・ ) 

苫米地英人コレクション6 「生」と「死」の取扱説明書

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「生」と「死」の取り扱い説明書

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